(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2014年09月17日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

宇陀市榛原自明 曹洞宗 自明山 悟真寺


奈良県宇陀市榛原自明にある「曹洞宗 自明山 悟真寺(ごしんじ)」です。

宇陀市大宇陀本郷の又兵衛桜(またべえざくら)を見に行くついでに、市内の桜名所を検索したらヒットしたので榛原赤埴の仏隆寺(ぶつりゅうじ)の千年桜悟真寺(ごしんじ)の枝垂桜がヒットしました。

初めて訪問する場所であったのですが、道は細いし坂はきついし、車で上がってきて良かったのか、Uターンできるのかなどと不安が過ぎりましたが、辿り着くことができました。


悟真寺(ごしんじ)銅造誕生釈迦仏立像(どうぞうたんじょうしゃかぶつりつぞう)

悟真寺(ごしんじ)は、自明山(じみょうざん)と号する曹洞宗大本山総持寺(そうじじ)の末寺で聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)立像(りつぞう)を本尊としています。

永享(えいきょう)八年(1436)の開山(一説に宝徳(ほうとく)三年(1451))と伝えられています。

その後の兵乱によって、当寺の伽藍(がらん)は消失してしまいましたが、文禄(ぶんろく)四年(1595)から慶長(けいちょう)八年(1603)にかけて再建されました。

文政(ぶんせい)年間(1818 - 1830)の山崩れによって、再び、諸堂の多くを失うことになりましたが、安政(あんせい)年間(1854 - 1860)に檀信徒(だんしんと)の寄進を受けて再建されました。

この悟真寺(ごしんじ)には、七世紀(白鳳(はくほう)時代)の銅造誕生釈迦仏立像(どうぞうたんじょうしゃかぶつりつぞう)(昭和十三年(1938)八月二十六日 重要文化財指定、奈良国立博物館寄託)が伝えられています。

この像の詳しい伝来などは明らかではありませんが、文政(ぶんせい)年間の山崩れの際に両足首が折れたといわれ、その修理の痕跡が認められます。

右手を高く挙げ、左手を垂げ、下半身を裸形に表し、両手首には腕(くしろ)をつけています。

下半身は、(すね)なかばまで()を着け、腰紐で結んでいます。

誕生仏が立つ台座(だいざ)は、受花(うけばな)反花(そりばな)(かまち)からなり(三重蓮華座)、蓮肉の四方に蓮弁(れんべん)を現しています。

また、八角形の框座(かまちざ)には格狭間(こうざま)をつけています。

右手先から台座まで(全高)は21.6㎝、像高(右手先)は15.4cmとなっています。

小像ながら随所に丁寧な造形が認められる白鳳時代の優品です。

榛原町教育委員会』


いやはや驚きの光景が広がっていました。

何とも言えない満足感に、充実した花見になったことは否めません。

険しく細い道を登ってきたかいがありました。

地形図には近くに神社マークがあったので探してみたのですが、この時には発見できませんでした。

別の機会に再訪することになります。


関連情報レポートリンク

【宇陀市 寺院一覧】

【★】は、参拝は、不可、又は事前連絡要の寺院


関連情報レポートリンク