(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2012年06月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市法蓮町 佐保山南陵・佐保山東陵


奈良県奈良市法蓮町の聖武天皇(しょうむてんのう)佐保山南陵(さほやまのみなみのみささぎ)佐保山東陵(さほやまのひがしのみささぎ)です。

案内の標識には「聖武天皇(しょうむてんのう)陵・光明皇后(こうみょうこうごう)陵」となっています。

佐保山南陵(さほやまのみなみのみささぎ)は第45代聖武天皇(しょうむてんのう)の御陵ですが、古市古墳群などとは様相が異なります。

脇を抜けて奥へ進むと聖武天皇(しょうむてんのう)皇后天平應眞仁正皇太后の佐保山東陵(さほやまのひがしのみささぎ)光明皇后(こうみょうこうごう)の陵墓に辿り着きます。

まるで山そのものです。

聖武天皇(しょうむてんのう)というと奈良東大寺(とうだいじ)の大仏を建立したとされています。

その関係で僧の行基(ぎょうき)の名前が出てきます。

浄土宗 法蓮山 興福院(こんぶいん)から北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんと)へ向かう途中の佐保川に差し掛かったところで御陵に気がつきました。

いずれにしろ東大寺(とうだいじ)の大仏や正倉院展や興福寺(こうふくじ)などと奈良を訪問するたびに訪れる場所に縁の聖武天皇(しょうむてんのう)光明皇后(こうみょうこうごう)の残した歴史的な遺物は素晴しいものです。

歴史的には数回の立て替えなどがあったと思うのですが、千年も経過しているとは思えないのですが、奈良公園の春日野一帯は京都等とは一味違う雰囲気を醸し出していると思います。

私は京都の御所は別にして、好みでいうと奈良の遺構や遺物の方が肌に合います。

近世までの歴史を考えると京都が都のように思っている人が少なくないと思いますが、平城京(へいじょうきょう)跡を考えると奈良も立派な都ですが、応神天皇陵や仁徳天皇陵を訪問すると大阪もかなりの歴史を感じることになると思いますし、難波宮跡が京都や奈良以前の都であったことに思いを馳せるものです。

更にいうと古市古墳群などを訪問すると抹殺された歴史を感じてなりません。

天皇陵や皇后陵ではない巨大な前方後円墳がいったい誰が築いたのかという疑問が沸いてきます。

古事記や日本書紀で抹殺された対抗勢力の巨大さを思い知ることになるのではないでしょうか。

天皇陵等や古墳は凄い権力を感じさせてくれます。


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