(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年11月25日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市山陵町 成務天皇狭城盾列池御陵


奈良県奈良市山陵町にある第十三代天皇である「成務(せいむ)天皇狭城盾列池御陵」です。

すぐ南には「称徳(しょうとく)(孝謙(こうけん))天皇陵」があり、東側に隣接して「垂仁天皇 皇后日葉酢媛命狭木之間陵」があり、静寂に包まれた雰囲気はなんとも言えません。

北にある近畿日本鉄道京都線の平城駅の北には「神功(じんぐう)皇后狭城盾列池上陵」があります。

何とも歴史が集約されています。

古事記には以下のように記されています。

古事記

若帯日子天皇(わかたらしひこのすめらのみこと)、近つ淡海の志賀(しが)高穴穂(たかあなほの)宮に坐しまして、天の下治らしめしき。この天皇、穂積臣等の祖、建忍山垂根(たけおしやまたりね)の女、名は弟財朗女(たからのいつね)を娶して、生みませる御子、和訶奴氣(わかつけの)王。故、建内宿禰を大臣(おほおみ)として、大國小國(おほくにをくに)國造(くにのみやつこ)を定めたまひ。また國國の堺、また大縣(おほあがた)小縣の縣主(あがたぬし)を定めたまひき。天皇の御年、九十五歳(ここのそぢまりいつとせ)。御陵は沙紀(さき)多他那美(たたなみ)にあり。』

毎度のことですが、残念ながら天皇陵は池の向こうの林か森にしか見えません。

皇室関係とされる御陵(古墳)は、宮内庁管理として厳重に管理されています。

個人的には、藤井寺市や羽曳野市にある大古墳群の中に多数ある大きな古墳の中でも宮内庁管理以外の古墳との差が気になります。

天皇並みの権力や財力がなければ、あれほどの古墳を築造できるはずはないと思うのですが、古事記や日本書紀に記載がないからといって管理や保存に差がありすぎるのは不思議で仕方がありません。

歴史を軽く考えているとしか思えません。

もっと大切にしたいと思います。