(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年08月02日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大和郡山市城内町 柳澤神社


奈良県大和郡山市城内町の「郡山城址」に鎮座する「柳澤神社(やなぎささわじんじゃ)」です。「柳沢神社(やなぎささわじんじゃ)」と記されている例も少なくありません。

桜を見に来たのですが、とんでもない人手でした。

それにしても満足する桜の美しさには圧倒されました。桜の花は「郡山城址の桜」で紹介したいと思います。

柳澤神社(やなぎささわじんじゃ) 御由緒

御祭神 柳澤美濃守吉保公

例祭日 十一月二日

五代将軍綱吉公の幕臣となり、元禄元年一万石を与えられ側用人となる。

英俊敏捷にして学を好み、将軍綱吉公の意をよくとらえ元禄七年には武蔵国川越城主で老中格となる。

宝永元年、甲府城主となり表高十五万石を与えられる。

民の疾苦を問い、強く仁政を施し名士も多く細井廣澤、萩生徂徠は最もよく知られるところである。

御子柳沢吉里公が甲府より郡山に国替えとなり柳澤藩が十五万一千石余の大名として六代百四十年、明治維新まで続いた。

宝永六年綱吉公の死後、東京駒込(六義園)に移り隠退、正徳四年十一月二日没す。享年五十七歳。』

そういえば、奈良市高畑町にある「史跡 頭塔(づとう)」の説明書きに「仏菩薩像」の一基が「郡山城址」に再利用されているという記述があったことが思い出されます。

歴史の交錯点が存在するということでしょうか。

その当時の奈良県はどのような実情であったのかということに興味がわきます。

開発の名のもとに「経済優先」で歴史的資産を守りきれない日本の状況には文化度の低さが感じられて先が思いやられます。


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