(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年05月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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奈良市西大寺東町 西隆寺回廊跡


奈良県奈良市西大寺東町にある「西隆寺回廊跡(さいりゅうじかいろうあと)」です。

説明の看板によると、ここは回廊の北東の一角であるようです。

奈良ファミリーの駐車場スロープの下にあるのであまり気付かれていないのではないかと思います。

どうやら西大寺の駅前にあった説明文は南西角にあたるようです。

ちなみに称徳天皇陵(しょうとくてんのうりょう)(孝謙天皇陵(こうけんてんのうりょう))は道なりに北東方向へ300m程の距離にあります。

西隆寺回廊跡(さいりゅうじかいろうあと)

奈良ファミリーを中心とする地域は奈良時代の後半に称徳女帝(しょうとくじょてい)が建てた尼寺、西隆寺の旧境内です。

図2(案内板の図)のように当時の奈良の都(平城京(へいじょうきょう))は(とう)長安(ちょうあん)にならって碁盤目状(ごばんめじょう)の道路で区画されていました。

西隆寺の範囲は右京一条二坊九・十・十五・十六坪の4町を占め、東西、南北それぞれ約250mの広がりを持っていました。

西隆寺には、図1(案内板の配置図)のような建物があり、発掘調査で金堂(こんどう)(とう)回廊(かいろう)(くりや)東門(とうもん)南面築地塀(なんめんついじべい)などが発見されています。

ここに復元したのは金堂を囲む回廊の東北隅の部分です。

発掘調査の結果から回廊は図3(案内板の図)のような形だったと考えられます。

遺跡は図4(案内板の図)のように埋め戻され、復元整備した現在の地表面の約2m下に保存されています。

復原した玉石列は回廊の基壇(きだん)縁石(えんせき)です。

回廊東北隅中央の礎石据え付け穴の下には図5(案内板の図)のような(かめ)があり、中には和銅開珎(わどうかいちん)などの銅銭が入っていました。

これは回廊建立の際して埋められた地鎮具(じちんぐ)と推定されています。』

駐車場のスロープの下にひっそりとあるのですが、みなさん気が付いているのでしょうか。


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