(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2021年02月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市中野 六郷社・頌徳碑・燈籠句碑


大阪府東大阪市中野にある「六郷社(ろくごうしゃ)頌徳碑(しょうとくひ)燈籠句碑(とうろうくひ)」です。

久し振りにこの付近を訪問したので、この場所の写真を撮ろうとした時に車が駐車していることが多くて取っていなかったことを思い出しました。

今日はカメラを持っていなかったのですが、やはり駐車中の車がありましたが、もう少し進んだところに地蔵堂(じぞうどう)があることに気付いてカメラを取りに戻り、戻ってくると駐車している車もなかったので写真を撮影できました。

中には石燈籠と碑が二つあるのですが、うまく撮影するのは難しい角度です。


六郷社(ろくごうしゃ)西村宗逸(にしむらそういつ)

大正四年(1915)に刊行された「萬歳楽」という句集による六郷社は明治七年二月に創立されました。

俳句会は四十一年間に二百三十三回も開催され、日本の地方文学教育に貢献があったと載せられています。

六郷社(ろくごうしゃ)は中野村の西村宗逸(にしむらそういつ)が、地名の六郷庄(ろくごうしょう)から名付けられた俳句会です。

句集は「花稔集(明治二十三年)」、「六郷吟社梅五句集・同句抄(対象十五年)」など多くのものが刊行されました。

河内地方では、江戸時代から俳句などの文芸活動が盛んでした。

六郷社(ろくごうしゃ)も、その風土の香りを受け継ぎ、大津市や大阪市内の各句会とも交流を持ち、昭和の初めまで活躍していました。

頌徳碑(しょうとくひ)燈籠句碑(とうろうくひ)は、明治四十四年(1911)に建てられました。

西六郷村の村長であった西村宗逸(にしむらそういつ)は、村の政治に力を尽し、貢献があったとして藍綬褒章(らんじゅほうしょう)を受賞しました。

これを記念して村民有志が頌徳碑(しょうとくひ)を建碑しました。

また、その西側に句会の六郷社中によって燈籠句碑(とうろうくひ)も建てられました。

句碑には「来る年の(なお)いつまでか生の松」と刻まれています。

宗逸の地方文化の向上に果たした役割は大きいものがありました。

平成二十五年三月』

※ 境内掲示より


妻の実家の近くなので約四十年前にはアヒルが沢山飼われている場所がこの近くにあり、近鉄奈良線若江岩田駅から北へ辿ってくるとこの道なのですが、JR住道駅まで続く街道のほぼ中央です。

横には日吉神社(ひよしじんじゃ)の祭りに使われる地車倉庫があります。

この周辺は前からあまり変化していないように思うのですが、徐々に変わっているのでしょう。

車の通行量は多くなっていると思います。