(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2019年02月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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南河内郡千早赤阪村水分 南木神社


大阪府南河内郡千早赤阪村水分に鎮座する「南木神社(なぎじんじゃ)建水分神社(たけみくまりじんじゃ)摂社〕」です。

建水分神社(たけみくまりじんじゃ)にお参りしたついでにというか境内にこの神社が鎮座していました。

参拝したのですが、楠木正成公の神社のようです。


南木神社(なぎじんじゃ)

南木神社(なぎじんじゃ)は、楠木正成公を祀る。

當社の由緒によれば延元元年五月公の湊川に戦死するや、後醍醐天皇太たく御悼惜あらせられ、翌年御親を公ら木像を刻ませ給ひて公の産土神たる當社の神域に祀らしめ給へり

之れ本社の創始にして南木明神の御神号は、御村上天皇より賜はりたるなりと』

※ 境内掲示より



建水分神社(たけみくまりじんじゃ)

じゅうよう

延喜式(えんぎしき)(905、延喜五年に醍醐天皇の(ちょく)により選進(せんしん)神名帳(しんめいちょう)に記されている神社を式内社(しきないしゃ)といい。当神社は河内国石川郡内式社九社のひとつである。 崇神天皇の五年、「天下饑疫(きえき)の際、勅して創立せらる」とあり、池・溝を設けて農事を勧められ、金剛(こんごう)葛城(かつらぎ)のふもとに水の神を(まつ)ったと思われる。 楠木家は累代この地に居住し、当神社の祭神建水分大神(たけみくまりおおかみ)は楠井家の氏神として崇敬(あつ)く、後醍醐天皇の勅命で正成が水越川のほとりの下宮にあった社をここに再建した。 本殿は春日造りの中殿(天御中主神(あめのみなかぬしのかみ))、流れ造りの左殿、右殿(水分神(みずわけのかみ))の三殿より成り、三殿が渡り廊下で連結されている。 建築学上、その構造・精緻さなどから明治三十三年に国宝に指定され、現在は重要文化財に指定されている。 地元では水分神社(すいぶんじんじゃ)と呼ばれ親しまれている。』

※ 境内掲示より


また訪問することになりそうです。