(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2017年10月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市高井田元町 長栄寺禅那台〔長栄寺〕


大阪府東大阪市高井田元町にある「長栄寺(ちょうえいじ)禅那台(ぜんなだい)長栄寺(ちょうえいじ)〕」です。

長栄寺(ちょうえいじ)の北西部分に存在することは相当以前から知っていましたが、門が時々開いているな程度でした。

河内と摂津の境界線を知ろうとウロウロしているうちに神社の由緒書きやお寺の所縁にヒントが含まれているので、説明書きに反応するようになりました。

長栄寺(ちょうえいじ)は永和駅への経路の一つですので桜の満開季節には良く利用します。


長栄寺(ちょうえいじ)禅那台(ぜんなだい)

禅那台(ぜんなだい)は江戸時代の中頃、仏教の復興と梵学研究に尽くした高僧慈雲尊者が宝暦八年(1758)生駒山額田谷の長尾の滝上流に隠棲、修行のために建てた雙龍庵(そうりゅうあん)の遺構の一つです。

尊者は四十一才から五十四歳までここに寓されました。

この雙龍庵(そうりゅうあん)禅那台(ぜんなだい)は、その後、維持するのが困難になったため、尊者ゆかりの長栄寺(ちょうえいじ)に方位を旧態に倣って移築され長栄寺(ちょうえいじ)禅那台(ぜんなだい)となりました。

二間半四方の入母屋(いりもや)造り、茅葺(かやぶき)きのこじんまりとした建物で、十尺一寸五分四方の居室(きょしつ)部分に三尺一寸の縁をめぐらし、外周は南と西に出入り口を設けて戸・障子をたて、その他は壁をめぐらし、窓をあけています。

居室(きょしつ)部分は周りの縁側よりも一段高く、内部は西南の二畳の禅室(ぜんしつ)を中心に、東側の炉がきられた一畳間と北側の一畳間からなり、禅室(ぜんしつ)南側が出入口となっています。

禅室(ぜんしつ)西側には五景窓rp>(ごけいそう)と称する円窓を大きく開き、雙龍庵(そうりゅうあん)当寺はこの窓から河内平野が一望されたと思われます。

この建物は、移転に伴い、新しい柱や転用材もみられますが、尊者の住まいとしてに雰囲気をよく残しています。

昭和四十五年二月、木造(もくぞう)十一面観音(じゅういちめんかんのん)立像(りゅうぞう)とともに府の文化財に指定されました。

平成十三年三月 東大阪市』

※ 境内掲示より


長尾の滝のある信貴生駒山麓の大阪側の谷には八百万の神々から数々の仏教寺院が所狭しと並んでいます。

残念ながら撮影に行っていませんが、子どもの頃から何度も訪問しています。

道を挟んで鴨高田神社(かもたかだじんじゃ)が鎮座しています。