(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2012年12月14日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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交野市 かいがけ道 三界萬霊碑とかいがけ地蔵


大阪府交野市のかいがけ道沿いにある「三界萬霊(さんかいばんれい)碑と石像」です。

白庭台駅からくろんど池を越えて傍示を経て「かいがけ道」から交野市寺に鎮座する「住吉神社(すみよしじんじゃ)」を目指して下っている途中に、国土地理院の地形図にある龍王山の八大龍王社の鳥居を通り過ぎてしばらくしてこの奇妙な一角に出会うことになりました。

高山で妻が家に帰ったので一人きりで少々雲が多くなってきて暗くなってきたときに道沿いのこの風景は嬉しい物ではありません。

石造の正体は良く判りませんが「役行者(えんのぎょうじゃ)」に似ているような気がします。

「かいがけ道」というのは、大阪の河内北部と奈良を結ぶ街道であったと説明されていますので「役行者(えんのぎょうじゃ)」が通ったとしてもおかしくは無いと思うのですが、いったい何処の誰がこんなに重い石をここまで運んだのでしょうか。

三界萬霊(さんかいばんれい)」は、『三界とは仏教語で、欲界、色界、無色界の3つの世界をいい、欲界というのは、食欲、性欲、睡眠欲をいう。色界は食欲よりも性欲の強いことをいい、無色界とは性欲のない心の世界をいう。万霊というのは欲、色、無色界の有情無情の精霊等のあらゆる世界を指している。この世のあらゆる生命あるものの霊を宿らせ、供養することが目的に建立される塔です。』

ということですが、私は始めてみたような気がしてなりません。

いずれにしろこんな山中にあるのは奇妙であると思います。

P.S.

交野八景のHPに以下のように紹介されていました。


この道は、大和と河内を結ぶ重要な交通路として、古代には修験の道、奈良・平安時代には紀州熊野神社へ詣でる「熊野街道」、そして天正年間(1573~92)織田軍と戦った武将たちが馬かけ道とするなど多くの人たちが往来した。

また、大和に大仏が建立されるときも、仏師たちが行き来したと伝えられている。

入り口の古い道標には「やまと道」と書かれている。まさに大和に通じる交通路である。

そのためか道筋にはたくさんの地蔵様や伏拝(ふしおがみ)が点在している。「伏拝」とは生活の知恵で、本来ならばお寺にお参りし、社殿でぬかずきお願いすべきであるが、ここからのお参りを認め、御利益をいただきたいと伏し拝がむその方向の中心を示した碑である

道を登って行くと北に開けた曲がり角に出る。伏拝の辻である。下から順に「柳谷伏拝」「愛宕山大権現」「石清水八幡宮」の伏拝である。柳谷さんは眼の仏様、愛宕さんは鎮火の神様、八幡さんは開運の神様である。 古い大和道とかいがけ道が一つになるところが嶮棧滝である。その北には金毘羅大権現の伏拝がある。金毘羅さんは最初舟の神様で特に地主の信仰が厚いという。

かいがけ(街崖)地蔵の石段を登ると、左に「三界萬霊の碑」その横にこの碑を守るかのように山桃の古木が枝をはっている。その奥にも数体の地蔵が奉られている。

石段正面がかいがけ地蔵で、周りは 昔の弘法大師堂のなごりと思われる瓦で囲ってある。

この地蔵は歯を病む人々がお参りし、円満幸福を お願いしたようである。この「かいがけの道」は伊勢参宮、大峯の霊場への熊野路ともなったころ、 ここが祈願する場所であり、休息の場所でもあったらしい。


なるほど、「弘法大師堂」が存在したということですか。

そして「役行者(えんのぎょうじゃ)」ではなく「かいがけ地蔵」なのですか。

P.S.

以下を見ると、「かいがけ地蔵」と「役行者(えんのぎょうじゃ)」がきちんと説明されています。

私のつたないレポートとは比較になりません。以下を参照してください。

かいがけ道に関する秀逸な情報が記載されている「かいがけの道から傍示の里へ」を発見しました。


関連情報レポートリンク

交野八景