(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2012年10月19日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市上四条町 真言宗醍醐派 八代龍王 神感寺


大阪府東大阪市上四条町の生駒山麓にある「真言宗醍醐派 八代龍王 神感寺(しんかんじ)情報HPです。

なるかわ園地の「つつじの園」の見事な躑躅(つつじ)を堪能して二枚目の写真にある急な階段を直登してたどり着きました。

こんな経路で来なくても、鳴川峠から登ってくると此処に至る楽な道はあります。

ひっそりとした(たたず)まいが好みの方は満足できると思います。


神感寺(しんかんじ)

生駒山中には、いくつかの山岳寺院が奈良-平安時代にかけてつくられた。

神感寺(しんかんじ)はそのひとつで、深く刻まれた鳴川谷に面する標高約450m前後を測る山腹の平坦部に営まれており、昭和34・40年の調査によって、東西200m、南北250mの範囲に当時の大伽藍(だいがらん)の跡をとどめていることが判明した。

この中で東北の区域は、幅4-5mの空濠で囲まれて、6つの土壇があり、伽藍(がらん)の中心部をなしていて、金堂(こんどう)跡を中心に多宝塔(たほうとう)跡、中門跡、鐘楼(しょうろう)跡の総計14棟の建物基壇と礎石の他、築地塀跡、石敷の参道、池泉などを残している。

また、谷間に突き出した東西地域は古くから「塔の台」と呼ばれていた所で、幅5mを測る十数段の石階段を上った土壇上には、9m四方と塔礎と考えられる5.2m四方のふたつの方形の建物跡(室町時代)が火災を受けた状態で見つかっている。(安南院跡)

各所から奈良時代末-平安時代の各種古瓦・陶磁器をはじめ、仏器(ぶつき)、銭貨、石臼(いしうす)、土仏、石燈篭(いしどうろう)片などが出土し、各種の資料から、この寺は奈良時代末に創建され、鎌倉時代に大いに栄えたのが、南北朝時代に南朝方の城砦となって消失し、室町時代に入って一時再構されたことがわかる。

東大阪教育委員会』


私には細かいことは知識がないのと不勉強なので解りませんが、訪問して良かったという思いは確かです。

「鳥居」が神社だけのものではなく、俗域と聖域の境界に立てられていたことは知識にはあります。

八代龍王龍神窟」といい、なんとはなく私には仏教よりも神道に近いものを感じてなりません。

境内にはあちらこちらに鳥居と本殿というか祠があるのですが、私には神様が祀られているとしか思えないのです。


関連情報レポートリンク

【八大龍王 神感寺】