(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2012年03月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区北浜東 川の駅 はちけんや


大阪市中央区北浜東の大川南岸にある「川の駅 はちけんや」まえにある説明分を紹介しておきます。

『往古には八軒家と呼ばれた船着場で、妻の実家辺りの「古箕輪(こみのわ)」付近から「徳庵(とくあん)の船着場」を経由して舟でこの「八軒家(はちけんや)浜」まで往復していたという話を聞いたことがあります。

寝屋川を上ると「野崎詣」の行程になり、「住道(すみのどう)」を北上し平野屋新田方向に進んで野崎まで至るようです。

江戸時代、八軒家(はちけんや)には三十石船をはじめ野崎詣・金毘羅参などのさまざまな船が発着し、淀川流域の船着場として随一の賑わいを見せた。

船着場には、京街道でもあった浜通から川岸にかけて、石の階段「雁木」が築かれ、物資の積み下ろしや人の乗り降りに便利な工夫がされていた。

三十石船は八軒家(はちけんや)と京・伏見の間、十一里余(約45km)を上り一日、下り半日で運行し、江戸時代を通して貨客の中心を占めた。

明治四三年(1910)に京阪電気鉄道が天満橋-京都五条間に開通して八軒家(はちけんや)は淀川の貨客輸送のターミナルの役目を終えた。、

しかし、現在、水の都大阪再生の核となる取り組みとして、水上交通の拠点となる船着場が八軒家(はちけんや)に完成し、往時の賑やかな水上ターミナルの役目は、現代にも引き継がれている。』

実際の八軒家(はちけんや)の「史跡 八軒家舩着場の跡」は、大阪市中央区石町の永田屋昆布本店の玄関脇にあります。

熊野詣の熊野街道出発点になっていました。

こちらで「大川の夜景」紹介しています。