(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2012年03月17日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪府茨木市 茨木童子


茨木市元町に鎮座する茨木神社(いばらきじんじゃ)から出て直ぐの「高橋」の欄干の上で見つけました。

何やら不思議なものが乗っているなと思っていたのですが、茨木市(いばらきし)のHPによれば、

茨木童子の伝説について教えてください。

昭和44年に発行された『茨木市史』の397~398ページには、次のように書かれています。

茨木新庄町に「茨木童子貌見(すがたみ)橋」という狭い溝をまたいだ小橋がある。茨木に残る伝説によると、茨木童子の生まれは水尾村で、幼児期に茨木村のはずれに捨てられ、近くの床屋に拾われて育てられた。床屋の手伝いをしているうちに客の血をなめ、その味を知ってからはわざと傷をつけて血をなめることが習癖となった。自分でも異常に思った彼は前の小川にかかる橋の上から水に映る自分の顔を見、それが鬼の形相であることを知って人間世界での生活をあきらめ、大江山酒呑童子の配下になったという。その貌見橋の東方100米ばかりの所(字九頭神(くずかみ))には、大正初年のころまで櫛塚というものもあったが、それは茨木童子が残した床屋の櫛を、たたりをおそれて埋めたものだといわれていた。

なお、続いて『茨木市史』には、茨木童子の話が出ているものとして『摂陽群談』、『御伽草子』の酒呑童子の項、古浄瑠璃の『酒呑童子』、近松門左衛門の浄瑠璃『傾城酒呑童子』・『酒呑童子枕言葉』、歌舞伎では『兵四阿造(つわものあずまやづくり)』『傚曽我(なぞらいそが)大江山入』などが茨木童子の話をとりいれたものと挙げ、『柳多留拾遺』にも「茨木童子」の名前が出ていることなどから近世の庶民に広く知られた話と書かれています。』

東大阪市にも「トライくん」と東大阪市石切参道商店街の「いしきりん」や布施で「ふせロボくん」がいますが、私はあまり興味もありません。

なんとも表現しにくいのですが、日本各地のキャラクタは「ひこにゃん」以来の大ブームが継続しているのでしょうか。