(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年12月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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茨木市沢良宜東町 佐和良義神社


大阪府茨木市沢良宜東町に鎮座する「佐和良義神社(さわらぎじんじゃ)」です。

茨木川の改修跡に「桜通り」と命名された道路沿いにあります。

そういえば昔車に乗っていたときに堤防沿いに走った記憶があって、ここのことかなと思い出していたのですが、今ひとつはっきりしません。

茨木市高浜町に鎮座する「道祖(どうそ)神社」も、「桜通り」沿いにあります。

『式内佐和良義神社

当社は延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載された式内社(しきないしゃ)で沢良宜郷の通称「大宮さん」であります。

万博を機に阪急南茨城駅を開設、ビル建築や小川改修が行われた昭和四十八年春から四十九年秋にかけて弥生時代の銅鉾鋳型を始め住居跡や土器、土拡墓など多数発見されたところホヤホヤの新住居表示をそのままに東奈良遺跡と命名されたのです。

カグツチはカグの神、カグは銅の古語、サワラも銅器を指すので地名と神名が一致し〔ギはムラ〕この鋳造工房跡は約二千年前にこの地にあった「さわらぎ遺跡」と確認され出土品はすぐ近くの文化財資料館に展示されています。

境内社の八幡宮は沢良宜城の鎮守社で六百年前、足利初期の城館、早く退転して農地となり美沢高層住宅地となっています。

神は人を救うによって威を増し

 人は神の徳によって運を添う

茨木市でも中央環状線の近くで大阪モノレールができるまでの交通の便も悪くアクセスが今ひとつであった地域であるという認識でした。

私は茨木市は広大な平地にあると勝手に思っていたのですが、実はここから北摂の山麓までかなり広大な市域を持っていることを改めて認識したのですが、あまり訪問したことがないので土地勘はありません。

それにしても、この神社は鳥居から本殿まで結構な距離があります。

馬場というには短いのですが、川の堤防沿いに道があったすればけっこうな距離をとることも可能であったのではないでしょうか。

南に下ると「道祖(どうそ)神社」が、北へ上ると「茨木神社(いばらきじんじゃ)」が鎮座しています。

やはり往古の街道のような役割を果たしていたのでしょうか。