(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年11月17日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市城東区新喜多東 新喜多新田会所跡


大阪市城東区新喜多東にある「鴻池新田会所(こうのいけしんでんかいしょ)跡」です

大和川の付け替えで大阪の新田開発は勢いを増したようですが、東大阪市には「鴻池新田会所(こうのいけしんでんかいしょ)跡」が整備されています。

残念ながら大東市にあった平野屋新田会所は数年前に撤去されてしまいました。歴史に学ぶ姿勢のない人には興味のかけらもないことかもしれませんね。

鴻池新田会所(こうのいけしんでんかいしょ)

ここは鴻池新田会所(こうのいけしんでんかいしょ)を経営するための中心となる新田会所の建物があったところです。

もともとこのあたりは大和川が流れていたところですが、宝永元年(1704)につけ替え工事が行われ、柏原あたりからまっすぐ西に向かい、大阪湾に流れ込むようになりました。

川があった跡の低い土地を開発してできたのが、新喜多新田です。

京橋のあたりから東大阪市域にまで及ぶたいへん広い新田で、まわりの湿地や沼地が次々に水田となり、このあたりが開けていくきっかけとなりました。

なお、新喜多の名称は、ここの新田開発を進めた、鴻池新十郎、鴻池喜七、今木屋多兵衛の三人の人物から一字ずつとって名付けられたということです。

大阪市教育委員会』

大阪では「新田開発」の歴史はかなりあるようですが、他にも「山本新田住友会所跡」などもレポートしています。

他にも会所跡はあるようですが、文字通り跡しかない場所も少なくありません。

歴史的な建造物の保存には多額の費用が必要になりますが、誰が賄うべきなのでしょうか。

難しいところです。