(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年11月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市菱屋東 八剣橋跡


大阪府東大阪市菱屋東にある「八剣橋跡(はちけんはし)」です。

直ぐ西に鎮座する「八劔神社(やつるぎじんじゃ)」は漢字と読みが異なります。

この場所は暗越奈良街道に掛かる橋ということになるのでしょうか。

川は南北方向に北へ流れて、街道は東西に向かうことになります。

菱屋東新田(ひしやひがししんでん)八劔橋(やつるぎばし)

八劔神社(やつるぎじんじゃ)の北側を通る道は、大阪から奈良へ通じていた暗越奈良街道で、この場所には、近年まで「はちけんばし」と呼ばれる橋がかかっていました。

この橋は、古くからこの地域に伝わる民話の中にたびたび「菱江川の石橋」として登場する、街道筋にかけられた大切な橋の一つでした。

花園駅近くで玉串川(たまくしがわ)から分かれた菱江川(ひしえがわ)に沿って北西に細長く続く菱屋東の地域は、もと川の幅が約120mもあった旧菱江川(ひしえがわ)川床(かわどこ)部分にあたり、江戸時代に行われた大和川(やまとがわ)の付替え工事後の宝永(ほうえい)五年(1708)に、新家(しんけ)村の菱屋岩之助(ひしやいわのすけ)が新田として開発した地域(約50町歩(ちょうぶ))にあたります。

当時、新田の中央に幅数間の築留(つきどめ)から用水路が設けられましたが、水路をまたいでかけられた橋が「八劔橋」にあたり、川にはいろいろな物資を運ぶ剣先船や、奈良街道筋にはお伊勢参りなど多くの旅客でにぎわいました。

やがて村は戸数も増えて、幕末の文久二年(1862)には、村の有力者だった左兵衛(さへえ)が世話人頭となって、放出(はなてん)式内社(しきないしゃ)(しきないしゃ)婀遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)の祭神(婀遅鈕高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)ー別名は八劔大明神)の勧請が許され、菱屋東の氏神としてまつられてきました。

もと橋の東側には三叉路周辺に石の道標がありましたが、現在は神社の境内に移され、保存されています。

平成五年十二月

東大阪市教育委員会』

説明書きでは「八劔橋(やつるぎばし)」となっているのですが、実際の橋の石には「八剣橋(はちけんはし)」となっています。

婀遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)」も「阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)」となっていますが、これは当用漢字による表記でしょう。

実際の神社は「婀遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)」となっていますが、「阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)」と彫られている石標もあります。

難しいところです。