(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年10月25日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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東大阪市吉田 芭蕉碑


大阪府東大阪市吉田の吉田墓地にある「芭蕉碑」です。

以前から存在は知っていたのですが、墓地の中の墓石を映す趣味は持ち合わせていないつもりでしたが、訪問してみて墓碑ではないので紹介することにしました。

説明書きはなかなか興味深いものです。

芭蕉碑

軸石に「芭蕉」、台石に「門人」と刻まれているが建立の年代、建立者は不詳である。

伝承によると「暗峠を越えて大阪に向かった芭蕉(元禄七年(1694)、51才で没)が当地を通行中、急な病を得て暫く当地に滞在し、その折、地元の人々に俳諧にの手ほどきをした。

後年、教えを受けた子孫たちが報恩のためにこの供養碑を建立した。」という。

また、「芭蕉の流派を継ぐ地元の門人の一人が、芭蕉の遺骨を分骨して建立した。」ともいう。

真偽のほどは定かではないが、おおよそ考えられることは、宝永元年(1704)の大和川付替工事で、当吉田墓地(当時は川中墓地と言われた)が、中九兵衛や河内屋五郎兵衛の手により、芭蕉の150回忌にあたる天保十四年(1843)頃に、この碑が建立された可能性が強い。

いずれにしろ、この碑は古来よりこの吉田地区に、文化・芸術の香がかもしだされていたことを物語る歴史の証左である。

吉田墓地管理委員会』

説明書きを読んでいて、暗越奈良街道の松原宿の南に位置するこの墓地に芭蕉の句碑が存在すると言うことに興味がわきます。

現在は東側に花園ラグビー場がありますが、この句碑に興味を示すような人がどれほどいるのか気になるところです。