(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年08月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市天王寺区夕陽丘町 勝鬘院(愛染堂) Vol.2


大阪市天王寺区夕陽丘町にある「和宗 勝鬘院(しょうまんいん)(愛染堂:あいぜんどう)」です。公式HPは「愛染堂勝鬘院」です。

脇の道は何回も通っているのし「多宝塔」が見えているので、訪問しようと思っていたのですが、何年も経過してしまいました。

勝鬘院(愛染堂) Vol.1」でも紹介していますが、見所満載のため分割しています。

ここは6月30日から7月2日にかけて大阪の3大夏祭りのひとつ勝鬘愛染会(愛染祭り)で著名ですが、残念ながら私は訪問したことがありません。

名前だけは耳にたこができるくらい聞いていました。

大力金剛尊(だいりきこんごうそん)

この大力金剛尊(だいりきこんごうそん)は、清王朝時代のもので、大正時代に活躍した、大阪市天王寺区出身の横綱(第二十六代)大錦が満州巡業の折りに、自身の守護神として気に入って中国から持ち帰られた仏像です。

初めは大阪国技館に奉安されていましたが、昭和二十五年に愛染堂に縁あってやってこられました。

特にスポーツや勝負事には霊験あらたかで、勝利開運。善因善果の功徳があり、又、盗難・火災等の災難除けとしても篤く信仰されています。』

延命地蔵尊

當寺付近の夕陽丘一帯の地はその昔聖徳太子が六万躰の地蔵尊をまつり給うた霊地である。

當寺も昔からその一躰を奉安し延命地蔵尊と云った。

地蔵尊は無佛世界に聲聞を現し迷界六道の衆生を救い給う最も衆生と縁の深い菩薩である。

地蔵尊を供養すれば十種の利益を与え給う。

特に病を祈りて延命の利益を蒙り霊験あらたかな古佛である。』

願成稲荷明神(がんじょういなりみょうじん)

この稲荷明神は、豊臣秀吉が当寺を再建したとき、厄除の鎮守として秀吉誕生の地である豊川の稲荷尊を勧請して奉安した蛇祇尼尊です。

古くから、よく衆生の願いを成就し、福徳財宝を授け給うが故に、「願成稲荷明神(がんじょういなりみょうじん)」といいます。』

出世白竜明神(しゅっせはくりゅうみょうじん)

豊臣秀吉が当寺に日月梅を献植した際、古くから存在した梅の枯木の中から銀鱗の白蛇が出現しました。

秀吉はここに社宇を建立し、この白蛇を奉安しました、

白竜明神のご神体は、弁財天です。

この明神を信仰し、一心に念ずれば諸運が開け、立身出世がかなうことから「出世白竜明神(しゅっせはくりゅうみょうじん)」といいます。』

愛染の霊水

この井戸は常に清浄の霊水が湧き出て、この井水を飲めば愛染明王の、御本誓により愛念を叶え、病癒え運を開き給う。

古歌に

「ほらぬ井に、たまらぬ水の汲みたてゝ

   影も形もなき人ぞ汲む」

かくの如き霊水なれば、この井水にて染め物なせが、色彩よく染まるをもって昔より藍商者(あいだまや)の門に信仰が盛んであって、俳句に

「賑わしや 愛染詣での 紺屋づれ」

井戸屋形は豊公の建立であったが、昭和二十年三月十四日の戦災のため消失した。』

と説明されています。「天王寺七名泉」には、含まれていないようです。

まだまだ見所はありますが、とりあえず「完」とします。

訪問されてはいかがですか。

大阪市天王寺区夕陽丘町 勝鬘院(愛染堂) Vol.1


関連情報レポートリンク

【西国愛染十七霊場一覧】