(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年08月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

柏原市高井田 高井寺と藤原石棺佛


大阪府柏原市高井田にある「高井寺(たかいじ)」と「藤原石棺佛(ふじわらせっかんぶつ)」です。

近鉄電車が大和川を渡る鉄橋の袂にあります。

同じく高井田に鎮座する桜の季節には見事な「天湯川田神社(あまゆかわたじんじゃ)」は、左右どちらからでも直ぐに到着します。

藤原石棺佛(ふじわらせっかんぶつ)(阿彌陀如来座像)

当石佛は石棺の蓋石のようではあるが、木漆棺の棺台石ではないかと思われる。

厚み6寸、長さ8.9尺、幅3.4尺の凝灰岩の一枚岩である。

定印の阿彌陀如来座像は、高さ3.6寸、髪院高3.1寸、膝張3尺、白豪高3尺、佛身6尺の坐像の姿である。

特に面相がよく当初のままの表情を残してノミのあとも鮮やかに藤原古風を見せる。藤原末の一木造佛に通した彫成で、大きく広い耳は目立たないが藤原円満の様相と言えよう。

際立った顔立ちの素朴な美しさは藤原佛から脱出して活動期を迎える鎌倉期の先駆作という感じである。

肘が長く、膝までについた形と胸をせまくしているが、腹のくびれは荒いタッチの定印の手相、無紋式の衣の作りにマッチして藤原時代の大らかさが見られる。

大きい蓮辨3枚のように見えるが、裳懸座で、現在はセメントで塗り込められているが、この下に框座を重ねた線刻の台座があった。

古墳から取り出され、戸外の念佛者のために古墳埋葬者の供養もかねてこのような石棺佛造立の由来があったのであろう、

昔から高井寺(たかいじ)にあったのではなく、以前は寺の西側の小川の上流の寺から道端に建立されたのが大和川に流出したものを川原から掘り出して、明治の頃に高井寺(たかいじ)門前に立てられていたという伝承を持っている。

(大念佛寺(だいねんぶつじ)・大源誌より)』

ということですが、まったく・・・。何回か通ったはずなのですが、気がつきませんでした。この道は初めてかもしれません。

いつもと異なる道を通ることで気づいたり、発見したりすることは少なくありません。


関連情報レポートリンク