(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2011年01月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市東成区深江南 史跡 安堵の辻〔地蔵尊〕


大阪市東成区深江南の「史跡 安堵の辻」と「地蔵尊」です。

以前に深江稲荷神社からこの付近へ探しにきたときには発見できませんでした。北側からなんとなく家へ帰ろうと南下してきて、この道は通ってないなと細い道へ歩を進めて出くわしましたという表現が正しいと思います。

法明寺は、門が開かれていますし、「雁塚(かりづか)」もあり、一度訪問されてはいかがでしょうか、住職も気さくな方でした。

安堵(あんど)の辻の由来

法明寺に残されている安堵の御影略縁起という書き物によりますと、法明寺をお開きになった法明上人(後宇多天皇 弘安二年(1279)十月この在所に生まれる)が高野山や比叡山で勉強して再び深江にお帰りになった時、数珠のかわりに(すき)(くわ)をお持ち帰りになり念仏を>唱えながら人々の食料や菅をお作りになり農業にもお励みなりながらみんなをお助けになりました。

貞和四年(1348)の春の日に空中の紫の雲が現れて、その雲の中に一人のお坊さんがけだかい姿を現し、

「私は播磨の国加古川に住む」沙弥教信である。私が死んでから四百八十年になる。

あなた(法明上人)は深く念仏を申されましたおかげで来年の六月十六日の朝苦しまずに仏様に居られる極楽へ安らかにおいきになられるでしょう」

とおっしゃたかと思うと姿がすうっと消えました。そこで上人はこれはきっと仏様のお告げにちがいない。私は安心して極楽にいけるとおっしゃって丁度その日におなくなりになりました。

そのお坊さんにお会いになったところが辻でしたのでそこを安堵(安心)の辻というようになりました。

安堵の御影というのは上人の弟の西願が沙弥教信と法明上人がお話なさっている所を描いたものです。

「深江の誇り」元深江小学校校長 森田弘著 昭和四十九年刊(法明寺伝記より)

平成二十一年八月地蔵盆』

なんとも歴史の詰まった地域であったのですね。