(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2010年11月07日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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松原市南新町 惣井戸


松原市南新町にある「惣井戸」です。

長尾街道沿いの布忍橋の西除川の西岸の堤防外にあり市立松原図書館の敷地の片隅にあります。

長尾街道については個人的には殆ど知識もありません。大和川より南ですが結局は柏原辺りまで続いていたということでしょうか。大和川付け替え以前から重要な経路であったということでしょうか。

惣井戸

惣井戸は、長尾街道沿いの西除川の布忍橋西詰めの堤防上にあった古井戸のことを言う。古くから高見の惣井戸と共に有名で、石組の井筒に「寛政八丙辰年(1796)十二月多聞院昌建立之」の銘がある。

長尾街道は、泉州の堺から河内の中央部を東西に横断して大和に通ずる道で、江戸時代からこの名称で呼ばれたが、古代の大津道の後身と考えられる。

「続日本後紀」の承和八年(841)閏九月十四日条に「以 河内国丹比郡駅家院倉八屋二字、遷建 当郡 日根野 為 正倉」とみえる古代の通信施設の駅家は当地付近にあったと推測される。また延久四年(1072)九月五日の太政官牒(石清水文書)に載る丹比郡矢田庄の田地の所在地のうち、「北参条駅家拾玖坪陸段」は、大津道に面した、この付近にあったと丹比郡条里で復原されている。惣井戸はその駅家の施設の名残りだろうか。

また当地一帯は古代布忍とよばれ、「新撰姓氏録」に見える布忍首の本拠地と考えられ、近くに布忍寺(のち永興寺)があって栄えた地域であった。

中世末期に、堺が自由都市として繁栄しために長尾街道は重要な経済道路とし、また道明寺や葛井寺の参詣道としてにぎわったころまで、飲料水として使われたり、牛馬の荷車が行き来していたころの人々に、この惣井戸の水が重宝されていた。


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