(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2010年10月29日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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摂津市鳥飼中 史跡 黒丸城の址


摂津市鳥飼中にある「史跡 黒丸城の址」です。

この史跡にたどり着くのは苦労しました。摂津市のホームページには住所が「鳥飼中2丁目1」と記されていますが、その住所は大きな工場です。

ぐるっと一周するのも結構な距離がありました。

「城址」であるので、勝手に石組や掘割などを期待していたのですが、東大阪市若江北町の「若江城跡」や八尾市福万寺町の「福万寺城址」を考えるときちんと城跡とされているこちらの方が解りやすいのかもしれません。

史跡 黒丸城址(くろまるじょうあと)

黒丸城(鳥養砦(とりかいとりで))は、土石を積み重ねて築いた小城であったらしいが、その築城の時代や由来についての詳細は不明である。

しかし、「細川両家記(ほそかわりょうけき)」にみえる次のような記述は、当時この辺りに何らかの城塞的構造物のあったことをうかがわせる。

同四日に三好方の衆は天王寺迄諸陣くつろげられ候、五日に鳥養へ帰陣也。(永禄二年八月)(1559)

同廿二に諸軍敗軍して始め陣所天満森へ被引退候…然処に鳥養辺にて御談合あり。(元亀元年九月)(1570)

また、字地に黒廻(くろまわり)・城ノ前(しろのまえ)・内殿(うちどの)・地殿(ぢどの)などの名前があることから、黒丸城にゆかりの深い土地かと思われる。

いずれにしろ、本城(砦)は淀川べりに築かれた平城であって、大坂方面攻撃の際の前線基地の一つとしての機能を濃厚にもった城郭であったと思われる。』

私はほぼ半周で発見できることになりました。

「鳥飼仁和寺大橋」の東側の側道沿いにひっそりを石碑と説明書きが設置されていました。

個人的には此処に至るまでの、工場の東側の「あじさい公園」の横を通った際に「紫陽花」なんか見当たらないぞと思っていたので戻りたかったのですが、時間が急いていましたので残念ながら、季節外れでもありますしまたの機会にすることにします。


関連情報レポートリンク

【城跡・城址】