(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2010年10月27日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区北浜 史跡 緒方洪庵旧宅及び塾


大阪市中央区北浜の「史跡 緒方洪庵旧宅及び塾」です。私は「適塾」と思っていたので初耳だと思ってきたのですが。

大阪市中央区今橋の「史跡 銅座の跡」と「重要文化財 愛珠幼稚園」は北側の道路に面してあり、背面で接しているような位置になります。

素晴らしき歴史スポットであると言えるでしょう。

史跡 緒方洪庵旧宅及び塾

この建物は、蘭学者緒方洪庵が弘化二年(1845)に住宅として買い受けて瓦町から移り住み、文久二年(1862)に幕府の奥医師として江戸に迎えられるまでの十七年間にわたって、私塾(適塾と呼ばれた)を聞いたところである。

洪庵は、ここで諸国から集った門人たちに蘭学を教え、幕末から明治にかけて日本の近代化に貢献した多くの人材を育てた。

敷地は間口約十二メートル、奥行約三十九メートルあり、建物はこの間口一ぱいに建てられ、前方の教室部と後方の居室部からなり南庭に土蔵と納屋がある。前方部は寛政四年の北浜大火後、まもなくの建築とみられ、もとは町筋に面する商家の形であったが、洪庵入居の際に背後を切り詰め、おもて造りの店を改めて教室とし、後方に居室部を新しく建て直した。

教室部は二階建て、一階を教室、二階を塾生の部屋とし、居室部は一部二階建て、西側に通り庭をもち、台所、書斎のほか四室がある。

台所の二階にはヅーフ部屋と女中部屋とがある。

洪庵が出府してのり、再三の改造があり、大正四年(1915)には、全面道路の拡幅によって、正面を奥行き約1.2メートル切り取られたが、昭和五十一年(1976)からおこなった根本修理で正面を除いて、概ね洪庵居住当時の姿に復原した。

この住宅は、蘭学発展の拠点となった歴史を伝えるばかりか、近世における大阪北浜の町家建築の姿を示す貴重な遺跡である。

昭和五十五年三月

文化庁』

なんとも貴重な歴史を感じます。中も見学できるようですので問い合わせてみてはいかがですか。