(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年09月23日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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摂津市一津屋 史跡 宮ノ下渡し跡


摂津市一津屋の「史跡 宮ノ下渡し(みやのしたわたし)跡」です。

摂津市一津屋に鎮座する「味生神社(あじふじんじゃ)」の鳥居脇に説明板が立っています。

摂津市鳥飼下の「史跡 鳥飼(養)の渡し(とりかいのわたし)」にあったのですが、市内(五ヶ所)にいくつかあった渡しの一つのようです。

どうやら渡しの数は時期によっていろいろ論がありそうです。

『史跡 宮ノ下渡し(みやのしたわたし)

宮ノ下渡し(みやのしたわたし)は、河内大庭大切と摂津嶋下郡一津屋村宮ノ下を結ぶ渡しで、戦国時代末の永禄年間(1558 - 69)から存在したと伝えられており、川幅も約三百間(約550メートル)あったとされています。

宮ノ下の小字の駒頭から駒頭渡しとも呼ばれていました。

『一津屋村志』(明治十二年、稿本)には「渡船場有リ、駒頭渡しと称シ、本村ノ中央、即ち河内国七番村二通スルモノ、広サ三百七間四尺、渡船二艘、私渡ナリ」と記しています。

昭和二十九年の鳥飼大橋完成によって姿を消しましたが、「鳥飼の渡し(とりかいのわたし)」と共に摂河を結ぶ重要な交通上の役割を果たしてきました。』

なるほどとしか言いようが無いのですが、守口市大庭町に鎮座する「八坂瓊神社(やさかにじんじゃ)(七番のお宮さん)」のあたりがこの説明文に符合する河内国側になるようです。