(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年07月04日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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摂津市別府 味府神社


摂津市別府に鎮座する「味府神社(あじふじんじゃ)」です。

摂津市一津屋に鎮座する「味生神社(あじふじんじゃ)」とは読みが同じですが漢字が異なります。

この神社名になるまでかなりの歴史の紆余曲折があるようです。

漢字違いで読みが同じ摂津市一津屋に鎮座する「味生神社(あじふじんじゃ)」とは何かつながりがあるのでしょうか。


味府神社(あじふじんじゃ) 由緒略記

当神社は元、鯵生の宮と称し、約千三百数十年前、孝徳天皇が浪速に京都を定めし時の鯵生の離宮に始まり、白雉元年正月孝徳天皇の行幸あり賀正を観す、という(日本書紀・社記)御祭神は天照皇大神(あまてらすすめらおおかみ)若一王子(にゃくいちおうじ)八幡大神(はちまんおおかみ)を奉斎し、社殿は荘厳を極めたりしが、長岡遷都に伴い、延暦四年、神崎川を通ずるに際し(大日本史・国郡志)御祭神を分かちて、この地に移築さる。

天照皇大神を当別府の地に、若一王子(にゃくいちおうじ)一津家に、八幡大神(はちまんおおかみ)を新在家に移し三社となす。

当神社はその根元にして、後に春日大神(かすがおおかみ)菅原大神(すがわらおおかみ)を配祀して三座となる。

当初は鯵生の社号なりしが、延元年間、今の味府の文字に改めたり、と言う。

往時、境内は大樹うっそうと生い茂り、裏沿いの大川は今の味生浜を船着場として●い神社大いに栄え、狩野法眼の描ける社景屏風その他宝物什器幾多ありしが、明治二十三年社殿と共に灰墟に帰す。

翌二十四年、先の社殿再建され、以後百年経過、老朽化激しく平成四年現在の社殿・末社・社務所を建設し、在近郷、崇敬者の信仰益々篤くなり今日に至る。

(大祭)一月一日、四月十三日、十月十三日

(中小祭)一月十五日、節分、二百十日、二百二十日、十月十五日、除夜』


なかなか味のあるというか、摂津というところは結構歴史が豊富であることを再認識しました。


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