(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年07月28日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区大手前 史跡 舎密局跡


大阪市中央区大手前の大阪府警とNHKの間の道の坂の途中にこんもりと繁る大きな楠木が道路にはみ出して存在しています。

歩道側からは「銅像(K.W.ハラタマ博士像)」が見えるのですが、中には「史跡 舎密局(せいみきょく)跡の石碑(大と角)と説明書きの石碑」と「大阪衛生試験所発祥の地、説明書きの石碑」「石製の祠」「五輪塔」があります。


銅像(K.W.ハラタマ博士像) Dr. Koenraad Wolter Gratama(1831 - 1888)

明治二年(1869)五月大阪府によりオランダ人化学者クーンライト・ウォルテル・ハラタマを教頭とする舎密局(せいみきょく)がここから200m北の大手前一帯に開設された。

舎密(せいみ)とは、化学の意である。

舎密局(せいみきょく)は、明治時代のわが国で最初に開かれた理化学校でハラタマによりこの国の近代日本の初期の化学研究の多くはこの舎密局に端を発している。

舎密局(せいみきょく)はその後、理学校と改称され、明治五年に閉校されてその任を終えたが、その流れから京都舎密局、大阪司薬場、第三高等学校が生まれた。

日蘭交流四百年を記念してここに日本の化学の父ハラタマ博士の像を遺し、その功を永世に伝えたい。』



史跡 舎密局(せいみきょく)

明治二年五月一日、政府はこの地に物理化学を専攻する舎密局(せいみきょく)という学校を創設した。

この場所はその遺跡の一部である。

この学校は、その後度々名称を変えて明治十九年に第三高等中学校となり明治二十二年八月京都市吉田に移り明治二十七年九月から第三高等学校となる。

この樟樹は舎密局(せいみきょく)の生徒が憩う緑陰として当時からあったという。

大阪府教育委員会

三高同窓会建立』



大阪衛生試験所発祥の地

大阪衛生試験所は官営の医薬品試験機関大阪司薬場として明治八年三月、この舎密局跡に発足し、明治二十年五月の官制公布により大阪衛生試験所となった。

昭和二十年六月の大空襲で消失し、業務停止に至る七十年余、わが国における保健衛生行政の拠点として多大な貢献をなした。

昭和二十四年四月、国立衛生試験所大阪支所として業務を再開し、現在は国立医薬品食品衛生研究所大阪支所として中央区方円坂において引続き試験研究業務を行っている。

本年、業務再会から五十周年を迎え、ここに記念碑を設置するものである。

平成十一年十二月建立

国立医薬品食品衛生研究所大阪支所』


「石製の祠」なのですが、どうやらこの楠木を神木扱いしているようです。

神様の名前などは見当たりません。

五輪塔(ごりんとう)」についても、墓とは思えませんので、何かのつもりで置いたのではないでしょうか。

それにしても、この場所の写真は何回も消してしまったり、発見できなかったりしてやっと日の目を見ました。

路上の神々に数えても良いかもしれませんね。