(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年07月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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羽曳野市尺度 利雁神社


羽曳野市尺度に鎮座する利雁神社(とがりじんじゃ)です。

羽曳野市の南の端に近い場所です。すぐ南は富田林市になります。

それにしても、羽曳野市は馬蹄形と言うかコの字形のような形をしているのですが広いことを認識して驚いてしまいました。

由緒書きも見当たりませんが、以下の情報は見当たりました。

利鴈神社(とかりじんじゃ)は、大阪府羽曳野市尺度にある神社である。式内社(しきないしゃ)で、旧社格は村社。明治時代に富田林市宮町の美具久留御魂神社(みぐくるみたまじんじゃ)〔喜志の宮さん〕に合祀され同社の摂社となったが、旧社地の尺度にも同名社が再建された。(ウィキペディア:Wikipedia)』

「しゃくど」って駅があったような記憶があったのですが、奈良県葛城市の尺土(しゃくど)駅と記憶がこんがらがっていたようです。

頭の中の情報が整理されるとこの辺りの土地勘が全くないことに気がつきました。

近鉄長野線の東側には仕事の関係でよく訪れたのですが、西側に回り込んだのは初めてです。

歴史の説明があります。

『創建の由緒は不詳である。元は尺土村の西南の利雁山に鎮座し「王の宮」とも称していたという。延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)では小社に列している。天正年間の兵乱で社殿を失い、慶長17年に遷座した。明治5年(1872年)に村社に列格したが、明治40年10月12日、喜志村字宮(現 富田林市宮町)の美具久留御魂神社(みぐくるみたまじんじゃ)〔喜志の宮さん〕に合祀された

再建時期は不詳であるが、合祀後、羽曳野市尺度の西方寺の西側に利雁神社(とがりじんじゃ)が再建された。(ウィキペディア:Wikipedia)』

ここに坂の上の鳥居の手前の左側(南)に西方寺があります。

鳥居の奥は竹薮になっています。


関連情報レポートリンク

【羽曳野市 神社一覧】