(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年07月15日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市住吉区住吉 丸山大明神


大阪市住吉区住吉に鎮座する丸山大明神(まるやまだいみょうじん)です。

前に住吉大社(すみよしたいしゃ)までたどり着いたときにこの場所を訪問するのを忘れていましたので、大和川の近くまで来た機会に立ち寄ることにしました。

地元の説明会でしょうか、大勢の人が群がるように道をふさいでいました。

丸山大明神(まるやまだいみょうじん)

住吉仲皇子(仁徳天皇の息子十七代履中天皇の弟)は、難波宮を焼いて三日天下を取ったと言われる。

しかし十八代反正天皇の刺客に●で殺され、墨江の沼地に捨てられた。

それを祀った地が円塚(円山)で、その後跡地に丸山大明神が祀られたといわれる。』


丸山の庭

住吉大社(すみよしたいしゃ)周辺のまちなみ

住吉大社(すみよしたいしゃ)周辺は古くから会場と陸上の交通の要衝として栄えたまちで、旧熊野街道と旧住吉街道の交差する位置にあり、古くから町家と社寺や街角の豊かな緑が、歴史的な雰囲気を今に伝えています。

特に、住吉大社(すみよしたいしゃ)境内の豊かな樹林、かきつばた苑や卯の花と実、まちかどの古木や鉢植えなどが、お祭りの年中行事を通じて花鳥風月を楽しむ土地柄とともに、四季折々の風情を感じさせる街並みを形成しています。

この「丸山の庭」は、墨江連合社南振町会のご強力により、歴史的なまちなみや景観など地域の特性を活かし、魅力ある居住地の形成を図る「HOPEゾーン事業」の一環として大阪市と連携して整備したものです。』


歴史を今に伝える丸山の庭

丸山大明神(まるやまだいみょうじん)(丸山塚)には、仁徳天皇の御子「墨江中王(すみのえのなかつみこ)」(「住吉仲皇子」)が祀られています。

日本書紀などには、仁徳天皇の崩御後、墨江中王が兄の去来穗別(いざほわけ)皇子(後の履中天皇)と対立、敗死したことが記されています。

墨江中王は住吉と関係が深い安曇連(あずみのむらじ)や淡路野島の海人などを味方に戦ったようで、難波(履中天皇)対住吉(墨江中王)という古代の二大勢力の衝突だったのかもしれません。

大王(天皇)に叛いたので、公式の墓がありませんが、縁の深い住吉大社(すみよしたいしゃ)に程近い丸山塚に葬られ、地元の人たちに守られながら今も静香に眠っていると伝えられています。』


住吉大社(すみよしたいしゃ)周辺地区HOPEゾーン協議会』が平成二十年の三月に設置した看板だそうです。

私が三月に住吉大社(すみよしたいしゃ)周辺を訪問した時には他の場所では見当たりませんでしたが、入れ違いであったということでしょうか。

いずれにしろ、歴史のことが真偽は別にして書かれていると楽しいと思います。

門外漢から言うと「タダの跡目争いの兄弟喧嘩なのに他人を巻き込んで」と考えてしまいます。


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