(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年06月30日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市北区天満 造幣博物館と桜の通り抜け Vol.1


大阪市北区天満の銀橋西詰の南側に造幣局があります。

造幣博物館があるということは知っていましたし、道路をはさんで北側の大阪市北区松ケ枝町には「史跡 泉布観(せんぷかん)」と「史跡 桜宮公会堂玄関(さくらのみやこうかいどうげんかん)」があります。

造幣局は四月に「通り抜け」で開放されています。

造幣局博物館は、正門から入って「通り抜け」の三分の一程度のところに位置しています。

展示物は、東京の日本銀行本店向かいの「貨幣博物館」とは違ってコインの製造に関する機械などの展示が主で興味深く観覧出来ました。

私と妻は大満足ですが、平日しか開放していないのが残念です。

創業当時の正門

ここにある菊花と大の字形を交互に配置した二本の門柱は、明治四年造幣局が創業した当時の正門です。

また、八角形の建物は、泉布観(せんぷかん)(創業当時から、造幣局の応接所として使用されていた我が国の最も古い西洋風建築物の一つ)と同様、イギリスの建築技術者ウォートルスの設計によるもので、正門の衛兵の詰所として使われていたものです。

ここには、創業時から大正八年頃まで、大阪師団の兵士が造幣局の警備のために衛兵として配置されていました。

造幣局』

「造幣局旧正門」の石碑側面には以下のように彫られています。

『煉瓦作り番所つきのこの門は明治四年造幣局創設当時の正門で、現在史跡 桜宮公会堂玄関(さくらのみやこうかいどうげんかん)になっている造幣所のポーチが正面に見えていた。』

創業当時のガス燈

造幣局では構内にガス製造所を設けて、石炭ガスを製造し、それを燃料としたガス燈を明治四年(1871)から局内の工場や宿舎付近の街路の照明に使用しました。

大阪において一般向けにガスの供給が開始されたのは明治三十八年(1905)のことですから、明治の始めに灯った造幣局のガス燈に、市民は驚嘆しました。

ここにある二基のガス燈は、日常使用された我が国最初のものといわれており、創業当時の玄関前にあったときの姿をとどめています。

造幣局』

個人的な感想は素晴らしいの一言に付きます。

以前にもどこかで紹介したと思いますが、周囲を大人に囲まれた子供にとっての「通り抜け」は、頭上の限られた空間に少しだけ桜が見えるというもので、人の背中を見てひたすら前進するだけのものでしかありませんでした。

大人になっても込んでいるとゆっくりと歩を進めることも出来ずにある意味満足感を充足できるものではないと思います。

春先の平日に時間があれば、無料で楽しめるこの造幣局博物館は一押しであると思います。

「通り抜け」の桜の中でも一足早く咲き誇る品種を楽しむことができます。

大川沿いの毛馬桜ノ宮公園(けまさくらのみやこうえん)のソメイヨシノが満開であれば一挙両得と言えるのではないでしょうか。

大阪市北区天満 造幣博物館と桜の通り抜け Vol.2


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