(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年06月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

大阪市北区長柄東 史跡 毛馬洗堰


大阪市北区長柄東の「史跡 毛馬洗堰(けまあらいぜき)」です。

大阪市都島区毛馬町の「蕪村(ぶそん)の碑」や「毛馬閘門(けまこうもん)淀川大堰(よどがわおおぜき)」や大阪市北区長柄中の「史跡 毛馬第一閘門(けまだいいちこうもん)」と見どころが数多いのですが、公共交通機関の足の便があまり良くないのが難点です。

但し、桜の季節や新緑の季節にはここまで歩く価値は十分にあります。

毛馬洗堰(けまあらいぜき)

洗堰とは、水量の兆節などを目的とした堰

かつて淀川は、その下流部で大川・中津川・神崎川の三川に分派し、たびたび起こる洪水により大きな被害を受けてきました。

このような水害から私たちの暮らしを守る為、明治二十九年(1896)に淀川改良工事が着工されました。

その際に完成しました。

毛馬洗堰(けまあらいぜき)はその後長きにわたって大川への水量調整を行ってきましたが、昭和四十九年(1974)の新毛馬水門完成によりその役割を終えました。

十門の水通しがあった洗堰(あらいぜき)は、現在ではその大部分が撤去されましたが、三門はそのまま残され今も当時の姿を見ることが出来ます。』

説明を読んでいると、私が高校を卒業した年に「新毛馬水門完成」と説明されています。

こちらまで来たことがなかったので知りませんでした。

「大阪城の残念石」がこの洗堰の周辺にもあります。

ここからも満開の桜が見事でした。