(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年06月17日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市東淀川区南江口 宝林山 普賢院 寂光寺〔江口の里〕


大阪市東淀川区南江口の「宝林山 普賢院 寂光寺(じゃっこうじ)」です。

「江口の里」の妙(光相比丘尼(こうそうびくに))の亡き後、江口の人びとが、冥福を祈って建てたのが「江口の君堂」であるとの説明です。

先日、大東市野崎の「野崎観音(曹洞宗 福聚山慈眼寺)」の桜を楽しみに行ったときに「江口の君」なる看板がたくさん出ていて、読み損ねて「江口君(えぐちくん)って何やろ」なんて想っていて大恥をかくところでした。

いきさつは説明してもらえませんでしたが、同じ「江口の君(光相比丘尼(こうそうびくに))」らしいことは理解できました。

由緒

当寺は摂津の国中島村大字江口に在り、宝林山 普賢院 寂光寺(じゃっこうじ)と号すも、彼の有名な江口の君これを草創せしを以って、一つに江口の君堂と称す。

抑も江口の君とは平資威の息女にして、名を妙の前と言い平家没落の授乳母なる者の郷里、即ち江口の里に●●せしが、星移り月は経るも、わが身に幸巡り来らざるを欺き、後遂に往来の船に樟の一ふしを込め、秘かに慰さむ浅ましき遊女となりぬ。

天皇第七十九代六條帝の御宇、仁安二年長月二十日あまりの頃、墨染の衣に網代笠、草から草へ旅寝の夢を重ねて、数々のすぐれた和歌を後世に残せし西行法師が浪華の名刹天王寺へと詣でての道すがらこの里を過ぎし時、家は南・北の川にさし挟み、心は旅人の往来の船を想う遊女のありさま、いと哀れ果敢なきものかと見たてりし程に、冬を待ち得ぬ夕時雨にゆきくれて、怪しかる賎が伏家に立寄り、時待の間仮の宿を乞いしに、主の遊女許す気色見せやらず、されば西行なんとなく

世の中をいとうふまてこそかたからめ かりのやとりを おしむ君かな

と詠みおくれば、主の遊女ほほえみて

世をいとふ人としけけは仮の宿に、心とむなくおもふはかりそ

と返し、ついに一夜を佛の道のありがたさ、歌をたしなむ、おもしろさを語り明かしき。

かくて夜明けと共に西行は淀の川瀬を後にして雪月花を友とする歌の旅路に立ち出ぬ、出離の縁を結びし遊君も女は心移さず常に成佛を願う固き誓願の心を持ちいれば後生はかならず救わるべしと深く悟り、後佛門に帰依して、名を光相比丘尼(こうそうびくに)と改め、此の地に庵を結びぬ。

又自らの形を俗体に刻み、久障の女身と難も菩提心をおこし、衆生を慈念したるためしを見せしめ知らしめ貴婦賎女の至遊君白拍子の類いをも遍く無上道に入らしむ結縁とし給う。

かくて元久二年三月十四日、西嶺に傾く月と共に、身は普賢菩薩(ふげんぼさつ)の●●を現わし、大牙の白象に来りて去り給いぬ。

御弟子の尼衆更なり、結縁の男女哀愁●音隣里に聞こゆ、終に遺す舎利を葬り、宝塔を建て勤行怠らざりき。

去る明応の始め赤松丹羽守病篤く医術手を尽き、既に今はと見えし時、この霊像を十七日信心供養せられければ菩薩の御誓違わず夢中に異人来りて赤松氏の●●撫で給えば●ち平癒を得たり。

の想うに妙の前の妙は転妙法輪一切妙行の妙なるべし。

さればこの君の御名を聞く人も現世安穏復生善処の楽を極めんこと疑いあるべからず。

其の後元弘延元の乱を得て堂舎佛閣焦土と化すも宝塔は●く宝像も亦儀然として安置せり。

正徳年間普聞比丘尼来たりて再建す即ち現今のものにして、寺域はまさに六百六十余坪、巡らすに竹木を以てし幽●閑雅の境内には君塚・西行塚・歌塚の史蹟を在す。

然れども当寺に傳わる由緒ある梵鐘は遠く平安朝の昔より淀の川 を往き交う船に諸行無情を告げたりし程に、図らざりき遇ぐる大戦に取られ、●来鐘無き鐘楼は十余年の長きにわたり、風雪に耐えつつも只管再鋳の日を発願し来りしに、今回郷土史蹟を顕彰し、文化財の護持戦力を捧げんとする有志相集い梵鐘再鋳を発願す。

幸い檀信徒はもとより●強く十方村人達の宗派を超越せる協力と浄財の寄進を得て●●●●の好縁を●●得たり。(昭和二十九年九月感性)

昭和六十年九月』

東淀川区の「江口の君堂(えぐちのきみどう)・寂光寺(じゃっこうじ)も参考にしてください。

なんとなく、面白そうな物語であることは理解できます。

歴史とは為政者だけではなく、庶民や民衆の史実の方が興味をそそられる事が多いと思います。