(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2010年05月31日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市東淀川区大桐 大隅神社


大阪市東淀川区大桐に鎮座する大隅神社(おおすみじんじゃ)です。

案内板に「江口の君の里」と書いてあったので探しに言ったのですが、淀川の堤防に突き当たり戻って来たのですが、途中で大隅神社(おおすみじんじゃ)を目標に変えて正解でした、比較的簡単に発見できました。

大隅神社(おおすみじんじゃ)

氏地は広く、元の大隅島で後の西成郡中島・大道の両村の範囲になります。

1700年ほど前、この大隅島に離宮を営んでおられた応神(おうじん)天皇(大隅宮:おおすみのみや)が崩御の後、里人が帝の御徳を慕い宮址に神祠(やしろ)を建立したのが起源とされています。

ある年に淀川が氾濫し賀茂(かもの)明神の御神体が漂着して霊光を放ち、里人はこれを迎えて産土神(うぶすなのかみ)に合祀し、社名を賀茂神祠と改め社殿を2つに分けました。

3,000坪以上の境内には杉や松が繁り、社殿も壮麗でしたが、明治初年に周囲を民有地に払い下げました。

そして、応神天皇を主祭神とし、名も大隅神社(おおすみじんじゃ)と改められました。

境内に狛犬や灯籠が多いのは、稲生(いなう)神社などを合祀したからです。

大隅神社(おおすみじんじゃ)は氏地が広いために、御祭神がお泊まりになる御旅所が、井高野瑞光寺(ずいこうじ)境内にあります。また、本殿では初詣・成人祭・節分・春秋大祭・七五三詣・年2回の大祓(おおはらえ)の行事があり、節分のときには参拝者全員にぜんざいをふるまい、寒さを和らげています。(http://www.city.osaka.lg.jp/higashiyodogawa/page/0000061490.html)』

「禅宗 曹洞派 乳牛山 大道寺跡」の石碑が立っています。

『摂州西成郡北中嶋之内、乳牛牧の荘とも呼ばれたこの地域に、大道村・辻堂村・三宝寺村があり、これら3村の氏神として賀茂大明神・稲荷神・山王神を三社相殿(本社)に、祇園・伊勢・春日・八幡・天神を五神相殿(末社)に祀り、賀茂大明神社の境内にあった真言宗無本寺の僧が祭祀を兼帯し、上記3村は南大道村・北大道村・西大道村とも呼ばれ、まとめて三大道と称されました。

慶長十二年、無本寺は三大院と改め、真言・禅宗の社僧は法祐坊から全良和尚まで八代続きました。

貞享三年、玄光和尚は大道寺と改め、三世雲門和尚は竹凉庵を起こし、修業僧は100人を越すときもあり、禅修業と神社の維持・祭礼を受け継いできました。(乳牛山大道禅寺年譜を参照)

大道寺十三世のとき明治維新を迎え、大道寺・竹凉庵を廃し、明治六年、賀茂大明神社は大隅神社(おおすみじんじゃ)と改められました。

此の碑より北50メートルの飛び地に大道寺の墓地が現存します。』

石碑には上記の碑文が埋め込まれています。

神主さんに「江口の君」の里を教えていただきました。

有難うございました。


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