(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年04月31日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市西淀川区野里 史跡 野里の渡し


大阪市西淀川区野里に鎮座する住吉神社(すみよしじんじゃ)、別称は、「野里住吉さん」の鳥居脇にこの石標は立っていました。

この神社はなかなか面白い歴史があり、石標の側面に『大阪から尼崎に通じる大和田街道は野里の渡しで淀川を越えた。現在、流路は変わっているが、住吉神社(すみよしじんじゃ)南側に当時の堤防の跡が残っている』と彫られています。


『野里の渡し

明治二十二年(1889)からの改修工事によって、淀川は流路が大きく変わりました。

それまで住吉神社(すみよしじんじゃ)の東面は淀川に面していました。

現在境内の南側に残る土手は当時の堤防の名残りです。

野里の渡しは、大阪と尼崎を結ぶ大和田街道に設けられた渡しで、野里住吉神社(すみよしじんじゃ)のやや北側にありました。

明治九年(1876)に木製の橋が架けられるまでは、大阪と中国地方を結ぶ交通の要所として賑わっていました。

一説には、室町時代に野里村が開発された時に、代官の堀江彦左衛門によって作られたといわれています。

また、江戸時代の地誌である「摂津志」「摂津名所図会」には、「日本書紀」に見える「かしわの渡し」が、野里の渡しであると記されています。

大阪市教育委員会』


「野里住吉神社(すみよしじんじゃ)」は、交通の要所であっただけあって様々な歴史物語が満載のようです。

南側というの鳥居がもっとも南ですので、この写真の石標の後ろの盛り土部分のことでしょうか。