(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年04月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市北区長柄中 史跡 毛馬第一閘門と桜


大阪市北区長柄中の「史跡 毛馬第一閘門(けまだいいちこうもん)」を包み込むように桜の花が覆い尽くしています。

前回に来たときにきっと素晴らしいと予測していたのですが、なんとも素晴らしいものです。

毛馬北向地蔵(けまきたむきじぞう)」も桜に覆われています。

十字架のように見えるの「毛馬基標(けまきひょう)」です。

周囲に大阪城の築城時の大阪城残念石(おおさかじょうざんねんいし)と名づけられた石が転がっています。

大阪市都島区毛馬町の「毛馬閘門(けまこうもん)淀川大堰(よどがわおおぜき)」への途中に「洗堰(あらいぜき)」があるのに今日気がついたのですが、そこにも大阪城残念石(おおさかじょうざんねんいし)が数個転がっていました。

『旧毛馬基標(けまきひょう)

この標石は、明治から昭和にかけて、大阪港の建設や淀川改修工事等の高さの基準として使用された基準標で「毛馬基標(けまきひょう)」と呼ばれていたものです。

工事の高さの基準標は、大阪湾の潮位観測により決められた工事基準面(O.P.0メートル)を基として、明治十九年に天保山(てんぽうざん)の旧砲台(ほうだい)跡に設けられたのが最初でそこの高さをO.P.+2.045メートルと定義しました。

その後淀川改修工事などのため、天保山(てんぽうざん)の基準値を基にいくつかの基準標が設けられましたが、明治四十年に淀川毛馬荒堰(よどがわけまあらいぜき)の閘門工事が完成したのを機に、そのうち一つがここに移されてO.P.+1.5尺(4.697m)となりました。

その後は工事の基準として、この基標が中心的に使用されてきましたが、その後南海道地震や地盤沈下などにより、高さに変動を生じていることが判明したため、昭和四十一年にはその基準が茨木市にある国土地理院の基準水準点「基21」に移されました。

そして日本全国の高さの基準面(T.P.)に対して、O.P.の方が1.30メートルも低いことも確認されました。

この時、この元標の役割も終わりましたが、一方毛馬荒堰(けまあらいぜき)も改築され、この標石が埋められることとなりましたので、明治以来の河川港湾関係の工事の基準としてはたした役割がおおきかったことを記念して、東北東約20メートルの位置に移し保存することにしました。』

前回訪問した時には気がつかなかったのですが、大阪城残念石(おおさかじょうざんねんいし)に気を取られていたせいでしょうか。