(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年03月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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枚方市枚方上之町 意賀美神社・万年寺山古墳


大阪府枚方市枚方上之町に鎮座する意賀美神社(おかみじんじゃ)です。

隣接してというか一帯には「意賀美梅林(おかみばいりん)」と「史跡 御茶屋御殿跡(おちゃやごてんあと)」があります。

たどり着くのに道を間違えてかなりの遠回りをしてやっとたどり着きました。

境内の手水舎背面にある稲荷社の周囲は「万年寺山古墳(まんねんじやまこふん)」の説明書きが掲示されています。

京阪電車の枚方市駅からはそんなに離れていませんでした。


万年寺山古墳(まんねんじやまこふん)

万年寺山古墳(まんねんじやまこふん)は明治三十七年(1904)、枚方小学校運動場拡張工事中に発見された。

当時の記録によると、主体部は粘土椰と思われ、内部からは青銅鏡八面、鉄刀などが出土した。

青銅鏡は、現在東京大学理学部が保管している。

築造年代は四世紀中頃と推定され、墳丘の形状は不明であるが、標高37.7メートルの丘陵の突端部、眼下に淀川をのぞむ河川交通の要衝の地に築造されていることは、被葬者の生前における性格を表してると思われる。

またこの地には、奈良時代創建の密教系寺院の万年寺があったが、明治三年(1870)の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって廃寺になり、本尊は三矢町の浄念寺に預けられた。

式代意賀美神社(おかみじんじゃ)は、古くは伊加賀村宮山にあって、淀川の鎮守として通航安全と水害排除の祈願のため創建されたと伝えられる。

明治四十二年(1909)に日吉神社(岡・岡新町村の鎮守社)・須賀神社(三矢・泥町村の鎮守社)を合祀し、現在の地に鎮座した。

一九九五年 枚方市教育委員会』


なんとも歴史が凝縮されたような場所であることは間違いないようです。

この周囲は「万年寺山周道」という名称が在るようで「府指定天然記念物 むくの木」と石標に彫られていますが確認はしていません。

意賀美梅林(おかみばいりん)」への階段脇に「石塔」もあるのでお寺であったことが偲ばれます。


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