(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2010年02月14日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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藤井寺市沢田 国史跡 仲津山(姫)陵


藤井寺市沢田にある「国史跡 仲津山(なかつやま)((ひめ))陵」です。

この御陵はなんともややこしくて、掲載されている資料によって名称がそれぞれ違います。

史跡 三ツ塚(みつつか)古墳」の説明書きでは、「仲津山古墳(なかつやまこふん)(仲津姫(なかつひめ)陵)」と書かれています。

藤井寺市の発行している「緑と史跡のまちへようこそ(藤井寺市観光案内図)」という案内地図には、「仲津山(なかつやま)((ひめ))陵」で案内文では「仲津山陵(なかつやまりょう)」となっています。

天皇陵の位置づけではなさそうなのでどうでも良いのでしょうか。

それにしても大きな古墳だと思っていたら、「応神天皇」の皇后の陵のようです。

仲津山陵(なかつやまりょう)

応神天皇の皇后、仲津姫(なかつひめ)の陵とされていますが、形態が応神陵よりも古く、四世紀後半の大王陵とする説もあります。

三段づくりの前方後円墳で墳丘290m、周濠は幅が狭く深いが大部分は空堀に近い湿地帯になっています。』

時代が合わないと言うことはどういうことでしょうか。

穿った見方をすると、天皇陵に準ずる「皇后陵」としたのは発掘させないためでしょうか。

巨大な古墳は是非きちんと発掘調査をしていただきたいし、それを望みます。

本当の歴史を知るチャンスが消えてしまわないうちにすべきであると思います。

それにしても、この古墳は巨大です。

線路をはさんですぐ北にある第十九代允恭天皇の「允恭(いんぎょう)天皇陵()」とあまり大きさが変わりません。

簡単に大王などと片付けていますが、これだけの古墳を築造するのは「天皇」には列せられていないが、同等の実力者ではないかと勝手に想像しています。

地方の豪族が、「天皇」と同じような規模の古墳を築造させるなんて有り得ないですよね。


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