(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年12月06日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市住之江区北島 高砂神社


大阪市住之江区北島に鎮座する高砂神社(たかさごじんじゃ)公式HPです。

由緒などの板書きがありましたが、読みづらくて困ったのですが幸いにも公式HPがありますので、参考になると思います。

大和川の最下流部付近で大阪港の河口部に近い場所に位置しています。

南側には大和川の堤防を背にした状態で境内があります。

浅香山の浄水場付近で大和川が大きく南へ蛇行して、再度北へ向いてから西の大阪湾へ流れ込んでいますが、蛇行の南には仁徳天皇陵があります。

往古には河口部であったと説明されています。

公式HPの「由緒」によりますと『元禄十六年(1703)幕府の布令を以て、大和川付け替え以来住之江浦に土砂が堆積して浅洲を形成するようになり、大坂淡路町の両替商加賀屋甚兵衛は堺に往来する途中、霰松原(かすみまつばら)から見た西方の浅洲が新田に適しているとし、享保十三年(1728)より開墾に着手し北島新田と名づけ、元文二年(1737)一応の完成を見ましたので代官疋田庄九郎の検地を受けるとともに、御見捨地十五間四方(約900m2)を以て境内と定め、出身地の河内国石川郡新堂村の産土神天水分大神を勧請、神職松原大蔵の奉仕により鎮斎『はや住之江に着にけり』と謡われた謡曲「髙砂(高砂)」に因み、高い砂丘に位置するために「髙砂神社(たかさごじんじゃ)(高砂)」と名づけられましたのが元文二年(1737)九月二十六日の事、これが御鎮座の初めであります。…』と鎮座の経緯が説明されています。

この周囲は「北島新田」という新田開発が行われた事が理解できます。

大阪湾は「新田開発」によりかなり古くから埋め立てが盛んであったようで、港区や此花区でもそのような説明書きを数多く見ました。

元々河内平野も大部分が池であったり、その前は港湾であったようなので、大阪府の大部分が埋立地であるのかもしれません。

新田開発をするだけの資金があったからでしょうか結構立派な神社です。

境内地も広く社殿も素晴らしいものです。

川に近いせいでしょうか、本殿と拝殿は一段高くなっています。

この辺は海面からの標高もあまりないと思いますが、大和川の付け替えは住之江の港湾部に思わぬ土砂の堆積を齎していたことが理解できます。