(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年11月26日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市住吉区住吉 摂津一の宮 住吉大社 Vol.1


大阪市住吉区住吉に鎮座する摂津一の宮の住吉大社(すみよしたいしゃ)です。公式HPを参照してください。

今日は北側から東側を経由してグルッと廻って来ましたが、なかなか広大な境内と境内内の各所に鎮座する境内社は大小様々で、奈良県の奈良市春日野町に鎮座する春日大社(かすがたいしゃ)よりも数が多いので頭の中は大混乱です。

更に大海神社(おおわたつみじんじゃ)(だいかいじんじゃ)も遷宮したようですが、四つある本殿も遷宮中のようです。

残念ながら名物の太鼓橋も工事中で写真の鳥居の奥に赤い欄干しか写っていない状態です。

子供が小さいときに来た時には橋が直ったばかりであった記憶があるのですが、二十年程度経過しているということでしょうか。

それから、娘が高校生か大学の時に来た記憶があるのですがその時には橋を渡った記憶があります。

第一殿は仮本殿に移動後の建物です。

住吉大社(すみよしたいしゃ)遷宮(せんぐう)は、伊勢神宮のように建て直しをするのでしょうか。

住吉大社(すみよしたいしゃ)ではこの式年遷宮(せんぐう)の制度が早くに確立され、天平勝宝元年(749)にまで遡ることができます。爾来式年遷宮(せんぐう)は二十年毎に着実に実施せられて参りましたが、戦国乱世より一時滞り、それ以降は社殿が損なうと新造となりましたが、遷宮の根本制度は連綿と今日に引き継がれています。』

と説明されています。

『文化七年(西暦一八一〇年)の現社殿は二十年毎に修復工事を行い、このたび第四十九回目の遷宮(せんぐう)を迎えることになりました。

この「遷宮(せんぐう)」の呼称は、伊勢の神宮以外の神社では使用することが出来ず、一般的には「遷座祭」と申します。当社において宮内庁のご指示により「遷宮(せんぐう)」と呼称を致しております。』

そうですか、伊勢神宮以外は「遷宮(せんぐう)」を使用できないということですが、何故「宮内庁」が指示する権限を持っているのでしょうか。

同じ一の宮でも、河内一の宮の東大阪市出雲井町に鎮座する「枚岡神社(ひらおかじんじゃ)」とは雰囲気も異なりますが、社格は上下があるとされているのは面白いです。

父方の祖父母の出身が滋賀県の多賀サービスエリアの近くで多賀大社(たがたいしゃ)という神社があり祭人が、「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)」と「伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)」で、伊勢の天照大御神の御親神であることから、子供の頃には、「御伊勢、御多賀の子でござる」なんてよく聞かされました。

諸国の一の宮についてはまとめてありますので参考にしてください。

それにしても、「遷宮(せんぐう)」は良いのですが、えらい立派な社殿が四つも並んでいるのは壮観です。

伊勢神宮の「遷宮(せんぐう)」については、大正区小林西に鎮座する「産土神社(うぶすなじんじゃ)」の中でも紹介したように、「神殿の柱が直に地面と接している」という建て方のためであると説明されていましたが、住吉大社(すみよしたいしゃ)はどうなのでしょうか。

他については、ちょっとまとめるにはもう少し調査が必要なので、太鼓橋が完成してから再度訪問してレポートします。


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