(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2009年11月13日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市大正区南恩加島-大阪市西成区南津守 千本松渡船場


木津川を挟む大阪市大正区南恩加島と大阪市西成区南津守間を結ぶ千本松渡船場(せんぼんまつとせん)です。

両端がループになった千本松大橋の下を結んでくれています。

大阪市の千本松渡船場(せんぼんまつとせん)のHPがありますので興味のある方はどうぞ訪問してください。

千本松渡船場(せんぼんまつとせん)

このあたりは木津川の川尻に近く、江戸時代には諸国廻船の出入りの激しいところであった。幕府は、舟運の安全のため水深を確保し、また防波堤のとしても役立つよう、天保3年(1832)ここに大規模な石の堤を築いた。

千本松の名は、この堤防の上に植えられた松並木に由来する。

千本松の名の由来は。この堤防に植えられた松並木によっていて摂津名所図会大成」に「右塘(つつみ)に数株の松を植列ぬるゆえに俗に木津川の千本松といふ洋々たる蒼海に築出せし松原の風景は彼の名に高き天橋立三保の松原などもほかならず覚ゆ・・・」と述べている。

千本松の渡しが設けられた年代ははっきりしないが、大正時代の中頃に初めて設けられたものと思われる。

昭和48年に千本松大橋が完成し、それとともに渡しは廃止されることになっていたが、地元住民の強い要望によって存続することになり、現在も通勤通学の貴重な足として利用されている。

平成20年度現在1日平均約1190人が利用している。』

どう考えても歩いてはともかく自転車で「千本松大橋」を渡る気にはなりません。

地元の人が廃止に賛成したのは当然でしょう。

比較的大きな船が通るようなので、どうしても水面からの高さを確保した橋をかけざるを得ないのでしょう。

トンネルにすると陸上にかなりの距離が必要になりますので、この川辺の人は大変になります。

天候に左右されても必要なのでしょう。


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