(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年11月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市大正区鶴町 神明神社


大阪市大正区鶴町に鎮座するruby>神明神社(しんめいじんじゃ)』〔公式HP〕です。

大正区の中でも最も西に位置し大阪湾にも近いところです。

意外であったのですが、商店街を抜けた少し広い公園の北の端に位置しており、東には道をはさんで小学校があります。

居住している方々には申し訳ないのですが大変、交通の便の悪い場所であると思います。

このような場所にこれほどの方々が居住しているとは思いませんでしたし、大阪にもまだまだ知らない場所があることを思い知らされました。

それにしても、道路も広いので住むと私が考えているほど不便ではないのかもしれません。

由緒書きが書かれていたたであろう板が掲示されていますが、墨が日焼けで飛んでしまっていて膨らみを探して読むことも困難な状態でした。

具体的には〔公式HP〕を参考にしていただくことを期待します。

少し参照して興味深い点を探ってみたいと思います。

なんとなく面白そうな予感はしているのですが、どうなのでしょうか。

由緒の来歴の書き出しは、『始め後陽成天皇の御代に京都の西院に祀られました。』とあります。

『徳川家康の外孫で後に養子となった松平忠明が、大阪夏の陣に向う途中当社で戦勝を祈願し、華々しい軍功を立てました。』とあるのですが、大阪夏の陣には、ここは既に土地であったのかと読めてしまうのですが、

『元和2年京都から大阪蝋燭町(後の内平野町)に遷されました』ということは、詣ったのは京都にあった時ですね。

『大正13年8月鶴町・鶴浜通・福町・船町の氏神として鶴町一丁目に遷座奉齋してまいりました。』とあります。

大正十三年というと間もなく昭和という時代ですね。

これは本当に新しい神社であるという事が理解できます。

それにしても、その頃からこの辺りには人が住んでいたということでしょう。

最終的に戦禍にあい『昭和23年10月地元会社氏子有志の篤信により復興。』ということですので、私と数年しか変わらないということでしょうか。

なるほど、分かりやすい歴史です。


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