(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2009年10月20日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

交野市星田 史跡 星の森の寒月


交野市星田の「星の森の寒月(ほしのもりのかんげつ)」という場所だそうです。

看板が立っていて、説明書きがあります。

『交野八景 星の森の寒月(ほしのもりのかんげつ)

星田地区には「八丁三所」の降星伝説が伝わっています。

平安時代の初め、嵯峨天皇の時代に弘法大使が獅子窟寺に籠っておられたとき、妙見山、光林寺、そして、ここ「星の森」の3か所に七曜星(北斗七星)が降り注ぎました。

星田では、星の降った3か所の距離がそれぞれ八丁(約900m)だったところから、その場所を「八丁三所」とっしてお祀りしました。』

別の石碑に碑文が彫り込まれています。

『星ノ森之宮 由緒

伝説によると星ノ森は人皇五十二代嵯峨天皇の御代弘仁年間西紀八百十年頃、高僧弘法大師が普見山獅子窟寺の岩屋にて仏眼尊の秘法を修し玉へる時七曜星を祀られ北辰妙見大悲菩薩と崇め妙見山竜降院と称し給ひ天下泰平国家擁護の礼状と敬われたと伝えられる。

この森も妙見山光林寺と●じ七曜星を祀る霊場なれど●来千百余年の永き年月を、伝説のまま放置され今日に至りたるを今度聖地を整備し後世に永く保存致す事となれり聖地の中央に石塚を築き御神体として崇めし五箇の石の内小さい石四箇を塚の中に納め大きい石を石塚の上に神の磐座として据置き奉る森の四方に玉垣を廻らし参道をコンクリートにて造り固めたり、名称を星ノ森之宮と奉へ奉る。

昭和五十六年五月十七日の吉日に竣工祭を覚へたり

昭和五十六年五月吉日』

なるほど、交野市星田に鎮座する星田神社妙見宮(ほしだみょうけんぐう)にあった星降る三箇所の内の一つがここなのですね。

もう一ヶ所はお寺のようですが、またの機会に訪問することにします。

ところで、この場所は神社と史跡のどちらががふさわしいのでしょうか。

ご神体があるようですが、史跡に分類しておきます。


関連情報レポートリンク

交野八景


関連情報レポートリンク