(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年10月08日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

大阪市此花区島屋 産土神社


大阪市此花区島屋に鎮座する産土神社(うぶすなじんじゃ)です。

此花おもしろトレイルルート」の3番目のポイントに指定されています。

手水舎(てみずしゃ)の水五則は別に紹介しています。

産土神社(うぶすなじんじゃ) 由緒沿革

宝歴年間、大阪の人、島屋こと浅田市兵衛氏が、此地の開墾を企て、住民の福祉と土地の繁栄を祈願し、皇祖 天照大神、海波の守護神清祓の神、住吉大神、五穀豊穣の神、宇迦之御魂神の三柱神を夫々本宮より奉請正連寺川南岸の一角(北港大橋西詰)に社殿を営み、当地方の鎮守神と奉斎したのが当社の創祀であります。

明治四十四年八月七日旧恩貴島新田を開拓するに当たり、同三柱を奉祀したものである。

大正四年十一月十日大阪市より神餞(しんせん)幣帛(へいはく)料を供進し得べき神社と指定される。

昭和九年秋室戸台風の災禍を蒙ふり氏子崇敬者相謀りて、現在の清地を住友商事(株)の寄進並びに旧地との交換に因り、昭和十三年七月十六日現斎地に鎌倉時代の遺縄に則り壮麗なる社殿を造営し遷宮される。

昔日、大戦の戦災被爆には厳然として社容をを保ち再三の風水害の被害には常に時の氏子崇敬者の奉賛に依って、その都度営繕し、御造営当初の壮容を保持し、其の神威も綽々と満ち今日にいたる。

累代の氏子一貫して当地方安寧融和の指針として本神社を守りぬいた神威の尊厳と氏子の民風敦厚なるを知る証左であることを知る。

而して今や住民の心の拠り所として、且つ、大工業地帯の守護神として益々御神徳は崇敬され又神奈備(かむなび)の神の森の茂りと共に此花区の名所の一つに挙げられ常に野鳥の群れ飛び来たり住民の丹心の宮城となり心のやすまる社となっておりましたが、平成十年に当神社現斎地御遷座六十一年御創建二百三十年奉祝記念事業として氏子崇敬者・関係者各位の御協賛を仰ぎ御本殿・拝殿の御屋根銅板葺き替え工事を致しました。

次いで平成十一年には桜島守口線道路拡張工事の為、やむなく境内地の一部を大阪市へ譲渡することとなり、境内整備工事と致しまして御本殿拝殿を元のごとく境内の中央に配置したく南へ約4メートル移設し、末社・手水舎・制札の移設に御屋根葺き替え工事を始め神器庫(太鼓蔵)・社務所の新築工事に玉垣新設等平成十三年二月に完工し四月春大祭に併せて報告祭りを斎行申し上げました。

さて、当此花区は古くよりわが国重工業の発症の地として働く場として、わが国産業の発展に貢献し、日本の経済に、又世界経済の興隆に寄与して参りました地域であり、かつては多くの船が作られ世界の七洋の海に船出し活躍してきたところであります。

大阪の一番西でありますが、今にては産業・経済・流通・文化交流の基盤として湾岸道路の開通、スポーツランドの夢州、埋め立中の咲州と悠々に将来の発展が期待されるところであり(昨年:平成十三年)三月三十一日よりハリウッド映画テーマパークのユニバーサル・スタジオ・ジャパンの開業が始まり毎日日本中はもとより、世界各地から多くの人々が訪れ、楽しい一日を過ごされ盛況を博しており、此花と言えば大阪、此花と言えば日本と広く知れ渡る事となりました。

今後は鎮守の森の復興に努力し信仰の場として神奈備(かむなび)の神鎮りますお社として形成して参ります。

(平成十四年 吉日)』


時代的には比較的新しい土地なので歴史などがしっかりしています。


関連情報レポートリンク

【大阪市此花区 神社一覧】