(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年09月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市北区西天満 堀川神社〔堀川戎神社〕


大阪市北区西天満に鎮座する堀川神社(ほりかわじんじゃ)です。別称の「堀川戎神社(ほりかわえびすじんじゃ)公式HP」の方が有名なようです。

私は若い頃にこの近くに職場のマシンが置いてあり、毎日のように通っていたのですが、名前は聞けども来たこともありませんでした。

この場所に神社があることすら知りませんでした。

由緒などは公式ホームページを参照していただければ詳細に記してあります。

境内はそんなに広いとは思いませんでしたが、「えべっさん」の笹の縁起物を交付する建物がえびすさまの神社では特徴的な建物であると思います。

しかし、西宮の恵比寿神社(えびすじんじゃ)と浪速区恵美須西に鎮座する今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)と東大阪市足代に鎮座する布施戎神社(ふせえびすじんじゃ)しか知らなかった私としては驚きの連続です。

鳥居脇には榎木神社(えのきじんじゃ)別称、地車(だんじり)稲荷神社(いなりじんじゃ)があり、地車(だんじり)の中に御神体を祀ってある祠があります。

いやはや興味深い建物ですが、手作りでしょうか小さな地車(だんじり)が沢山奉納されています。

なかなか微笑ましい雰囲気が感じられました。

榎木神社(えのきじんじゃ)地車(だんじり)稲荷神社(いなりじんじゃ)

堀川戎神社(ほりかわえびすじんじゃ)の北方約150m(現在の大阪市水道局)の周辺が慶長三年(1598)に掘られた「天満堀川」の堀止めで、その横に榎の大木がありました。

いつの頃からか人々はその木に心霊が鎮まっていると考え、その根元に祠を作りました。

天保九年(1838)三月、堀止めをなっていた天満堀川を大川(淀川)まで延長して掘り通水した際、奉行所より榎木神社(えのきじんじゃ)設立の命令があり、天満堀川両岸十二カ町の強力により、この地に約十五坪の土地を得て、天保十年(1839)二月本殿・拝殿が造営され、堀川戎神社(ほりかわえびすじんじゃ)末社の稲生神社(いなりじんじゃ)の分霊(宇賀御魂神(うかのみたまのかみゃ))を合祀し、以後、稲生神社(いなりじんじゃ)別魂榎木神社(えのきじんじゃ)としてお祀りしてきました。

明治四十年(1907)五月二十一日神社合併政策によって堀川戎神社(ほりかわえびすじんじゃ)境内に移転し祀られていましたが、昭和二十年(1945)三月十三日戦災のため焼失、仮奉祀していました。

その後境内の現在地に新たに他に類を見ない地車(だんじり)(2.17×1.87m)の構造をした彩色欅造りの本殿を<再建、昭和三十三年(1958)十一月二十八日に遷し祀られたもので、合わせて稲生神社(いなりじんじゃ)別魂を拝殿内(後方)に末社としてお祀りしています。』

資料から入力しましたが、公式ホームページのもあるようです。

本殿の向かって左側に石製の戎さまがありますが、「阪神大地震被災大鳥居彫刻 福興(ふくこう)戎造(ふくこう・ふくおこし)」と書かれています。

地震で大鳥居が壊れたことは知りませんでした。


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