(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【Release date:2009年09月09日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市西区靱本町 楠永神社


大阪市西区靱本町に鎮座する「うつぼ楠永神社(くすながじんじゃ)」です。

靱公園(うつぼこうえん)の難波筋に面した南東角にある楠木の大樹の下に鎮座しています。

この楠木が御神木であってそれを祭神とする神社なのでしょうか。

別に写真を撮っている私は怪しくないと思うのですが、向かいの交番の中から警官が私を見ているような気がしてなりませんでした。

同じ敷地内に「靱海産物市場跡」の碑と「永代浜(えいたいはま)」という石標が建っていて以下のように彫られています。

靱公園(うつぼこうえん)のこの付近一帯は江戸時代以来、昆布、塩干魚、鰹節など海産物の市場として靱の中心をなしていた。

これらの商人が荷揚げの便をよくするために寛永元年(1624)海部堀川(かいふほりかわ)を開削し阿波堀川とこの川をつなぐ永代堀の屈折点を永代浜(えいたいはま)と称し海産物の荷揚げ場として賑わった。』

何か意味があるのか解りませんが、楠木と社殿の間に鶏卵が6個並べて置かれていました。

社殿には訪問が時間的に遅かったせいでしょうか、鍵がかかっていましたが、放置されていないことは確実ですしきちんと手入れも行き届いていますので氏子か崇敬者が手入れをされているのでしょう。

難波筋を東へ渡ると永代橋(えいたいばし)門樋橋(もんぴばし)の石碑があります。

永代橋(えいたいばし) 門樋橋(もんぴばし)

両橋は寛永元年(1624)靱の干塩魚商人が、荷揚に便利なように開削した海部堀川(かいふほりかわ)にかかっていた。

海部堀川(かいふほりかわ)は阿波堀川の太郎助橋上流から北へ分流し約百メートル程のところから西折、京町堀川の最下流部に合流する延長約五百五十メートル、幅員約十八から二十メートルの堀川であった。

上流部の南北区間は特に永代堀、その岸は永代浜(えいたいはま)と呼ばれた。

永代浜(えいたいはま)には当時たいせつな肥料であった干鰯(ほしか)の荷揚場や市場を儲けたので、おおいに賑わった。

明和四年(1767)永代堀は、埋め立てられたが、まもなく幅約三間(約6メートル)の堀川として復活し、その最上流部に門樋橋(もんぴばし)、その下流に永代橋(えいたいばし)が掛かっていた。

門樋橋(もんぴばし)は初め通常の橋ではなく門樋(水門)であり、橋名はこの名残からきている。

大正二年の市電の開通にともない幅員22.4メートル、橋長4.4メートルの橋に付け替えられた。

永代橋(えいたいばし)は、海部堀川(かいふほりかわ)の開通当時からあり永代浜に通じる橋として架橋された歴史ある橋であった。

昭和二十六年の海部堀川(かいふほりかわ)の埋め立てにより両橋は姿を消した。

平成七年三月

大阪市』

なかなか興味深い歴史のある場所です。


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