(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年08月24日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


xHOTZONE Go to xDataBase viewhalloo Tips p2pzigzag p2pzigzag hrkz p2pzigzag Go to Home evtcal reporter2

大阪市生野区小路 清見原神社


大阪市生野区小路に鎮座する清見原神社(きよみはらじんじゃ)です。

昨年に訪問した時は、拝殿や本殿には工事中の幕がかかっていて、今年の春に訪問したのですが、工事中でたまたま7月に通りかかった時に工事が完了して仕上げに入っていたので、写真を撮ったのですが、由緒書きの写真がピンボケであったので再訪問して撮影してきました。

この神社の位置は、河内国と摂津国の境目になるような気がしていたので重要なポイントです。

『御由緒

創記の年代は詳らかではありませんが言い伝えによりますと天武天皇の皇居飛鳥浄御原から難波に行幸されました際当初に御休憩 遊ばしたと申します。

当時この所は樹木がうっそうと茂り見晴らしがよく住の江に浮かぶ白帆がみえたようであります。

ここに御休憩されました天皇は「吉野は、このあたりであろうか」と吉野の方を眺められたと云うので、今に「吉野見」(大友町一丁目吉野見道)の地名が存しています

天皇崩御の●この地にゆかりの大伴氏が天武天皇宮を建て崇敬したと伝えています。

明治五年に清見原宮(きよみはらぐうじんじゃ)と改め明治四十二年神社合祀指令により片江村の素盞嗚尊神社(すさのをのみことじんじゃ)、中川村の松尾神社(まつおじんじゃ)、原見村の木守勝手神社(きもりかってじんじゃ)、大瀬村の八釼神社(やつるぎじんじゃ)を小路村の中央であった大友村の清見原宮(きよみはらぐうじんじゃ)に合祀し、社号は村名の小路をとって小路神社(しょうじじんじゃ)と称せられました。

(片江村・中川村・鶴見村・大瀬村・大友村 以上五村を併せて小路村となる)。

現社号清見原神社(きよみはらじんじゃ)は紀元二千六百年記念事業として行はれた、境内拡張、社殿、社務所増改築等を現に昭和十七年五月に改称されたのであります。

尚、合祀以前の各村の神社の跡地は、今も記念碑を建て保存されてあります。

春高稲荷社(はるたかいなりしゃ)

当社はもと片江素盞嗚尊神社(すさのをのみことじんじゃ)の境内におまつりされていたものであり、人々は春高大明神と総称して御神徳をたたえてあります。

主神は宇賀御魂神、即ち伊勢下宮の大神と応ぐ、農業商業の守護神であらせられます。

祖霊殿

●●の為尊い犠牲となられた氏地出身の戦没諸●霊をはじめ神社並びに郷土の為お祭し頂いた方々の御尊霊をおまつりしてあります。』

少し苦しい点はありますが、解読不能な文字は通りかかった時に確認して修正します。

残念なのですが、河内国と摂津国のことは記されていません。

それにしても、小路のこの付近は居住していた場所からもかなり近い距離なのですがほとんど来たことがありませんでした。

住之江の白帆が見えたということは、かなりの距離が見渡せたということにもなります。

桃谷の駅から1kmほど南に日本最初の橋とされる仁徳天皇が掛けさせたという「史跡 つるのはし跡」跡まで容易に見えたということでしょうか。


関連情報レポートリンク

【大阪市生野区 神社一覧】