(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年07月28日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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羽曳野市古市 高屋神社


羽曳野市古市に鎮座する高屋神社(たかやじんじゃ)です。

この神社は、安閑天皇(あんかんてんのう)陵と高屋城(たかやじょう)址の南へ500mほどの場所に神社マークがあるのですが、国道沿いに南下したのですが見当たらず、戻っているとまたまた高屋城(たかやじょう)址に到着してしまい相当迷っての到着でした。

道を教えてくれたおばさんが写真を撮っているとわざわざ見にきてくれました。「ありがとうございます。」

高屋神社(たかやじんじゃ)

高屋台地の中央南寄りの高屋集落の中にあり延喜式内の古社である。

高屋丘陵は古墳時代のころは、物部(もののべ)一族の系統である神別氏族の「高屋連(たかやのむらじ)」の本拠地であったことから、高屋連(たかやのむらじ)一族が氏神として創始したものと考えられる。

社伝によると、宣化天皇三年(538)勅命によってこの地に創建されたものと伝えられている。

祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)(物部(もののべ)氏の遠祖)と「広国押武金日命(ひろくにおしたけかなひのみこと)(安閑天皇(あんかんてんのう))」の二神となっている。

この高屋連(たかやのむらじ)については、平安初期の弘仁六年(815)に編纂された新撰姓氏録の河内国神別の中に「高屋連(たかやのむらじ)饒速日命(にぎはやひのみこと)の十世の孫、伊巳止尼大連(いみとねのおおむらじ)の後なり」と明記されている。

続日本紀の文武天皇(もんむてんのう)慶雲元年(704)六月の条に「高屋連(たかやのむらじ)薬女の3つ児誕生」の件や、上の太子叡福寺(えいふくじ)裏山の古代墓から出土の「宝亀七年(777年)の高屋連(たかやのむらじ)枚人墓誌」および古市西琳寺(さいりんじ)関係文書の中にでてくる「西琳寺(さいりんじ)の僧名」からも、河内国古市群の人、高屋連(たかやのむらじ)○○と記された人々を散見することができる。』

国道から東への旧村内の道沿いにありました。


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