(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年07月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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柏原市玉手山町 浄土宗知恩院派 玉手山 安福寺


浄土宗知恩院派 玉手山 安福寺(あんぷくじ)は、柏原市玉手山町に在り、伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)に隣接しています。入り口の参道両側には府史跡 安福寺(あんぷくじ)横穴群があります。

そもそもは神社の神宮寺であったのでしょうか。それにしても細長く山の奥え伸びる真っ直ぐの参道の佇まいは気に入ってしまいました。

なんとも素晴らしい場所があったものです。

『重要文化財 割竹形石棺蓋 安福寺(あんぷくじ)

この石棺は、竹を割った様な形から割竹形石棺という名で呼ばれ、古墳時代前期の玉手山3号墳から出土したものと伝えられています。

同様の形態の石棺は、多くは四国の前期古墳から出土し、近畿地方では京都府八幡茶臼山古墳の舟形石棺と大阪府二本木古墳の割竹形石棺が知られています。

石材は香川県の鷲ノ山産の凝灰岩を使用して製作したもので、口縁部に日本独自に発達した直線と弧線を組み合わせた幾何学模様の直弧文と呼ぶ線刻が施されています。

安福寺(あんぷくじ)の石棺は、独自に創作した祭祀性の強い直弧文によって装飾し、古墳時代前期における畿内政治勢力の優位性を背景にした被葬者の性格や古墳築造の思想を知る貴重な資料です。

平成七年三月

柏原市教育委員会』

この石棺は、『境内には明治時代に玉手山3号墳(勝負山古墳)から出土されたとされる「割竹型石棺蓋」が置かれており、かつては手上水鉢として使われていた。これも重要文化財に指定されている。』

ということなので、使われていたのですね。

いかにも、よくも利用したものが割れずに残っていたということですね。

さらに言えば『奈良時代に高僧行基(ぎょうき)によって建立されるが、中世には荒れ果ててしまい、小堂がただ一棟あるのみであったという。』ということなのですが、「あんぷくじ道」は、伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)安福寺(あんぷくじ)の参道の山門のあたりで突然急坂になっています。

あまり急がないときは山越えをしたくないというのが、それぞれの人の気持ちであろうと思います。

子供たちにはぜひ見せてやりたいものです。

その時には興味がなくても私のように鮮明に記憶が蘇ることもあるのではないでしょうか。