(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年06月21日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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寝屋川市打上 打上神社(高良神社)


大阪府寝屋川市打上に鎮座する打上神社(うちあげじんじゃ)です。別称は、「高良神社(こうらじんじゃ)」と呼ばれていてこちらの方が、鳥居脇の石標にも彫られていますのでよく知られているようです。

前回、星田神社(ほしだじんじゃ)方面に来たときにくる予定であったのですが地形図が突如として自転車のカゴから消えてしまい、再訪問することになりました。

『由緒

旧讃良郡に属し、江戸時代には交野郡に属していた。

打上川沿いを含め、寝屋川市には秦氏一族に因む地名や伝承地(伝秦川勝の墓)などが点在している。 『日本書紀欽明紀』には「河内国更荒郡のウ野邑の新羅人の先祖」とか、『姓氏録』に「宇努連、新羅皇子金庭興の後」など、後期の渡来系氏族の色濃い地域と言える。

当社は江戸時代までは高良神社(こうらじんじゃ)であった。高麗の訛であろうと推測されている。 筑後一の宮の高良大社や武蔵国の高麗神社などが知られているが、ほかに高来神社などが見える。越中国の高麗神社は五十猛命を祭神としている。

当社の鎮座する丘陵上に石の宝殿・石の唐戸と呼ばれる横口式石槨が露出したものがある。七世紀頃のものとされる。玄室は高さ幅とも1mもなく、火葬の風習後の墓だろう。『河内国名所図絵』には金銅の壺内に白骨が収められていたとある。別所に再埋葬されたようだ。 』


境内の階段の上の鳥居の脇からは、国史跡 石宝殿古墳(いしのほうでんこふん)への入口と説明書きが立っています。

何となく獣道に近いような感じなのですが、盛り上がった古墳という雰囲気などは山にしか思えませんので感じられません。しかし、古墳は素晴らしいものです。

明光寺から打上神社(うちあげじんじゃ)(高良神社(こうらじんじゃ))に至る道筋の打ち上げ配水池と打上公園に挟まれた道は桜の木が両側にありますので、春の季節に訪問するとまた異なった素晴らしい景色が見られるのではないでしょうか。

打ち上げ公園も静かな公園ですが、山麓に道があるだけのような気がします。


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【寝屋川市 神社一覧】