(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年06月18日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区久太郎町 坐摩神社


大阪市中央区久太郎町に鎮座する坐摩神社(いかすりじんじゃ)[公式HP]です。通称は、「ざま神社」と言われているようです。

というか、普通に読むと「ざまじんじゃ」と読みそうですね。

そういえば、大東市平野屋の平野屋新田会所跡(残念ですが、潰されて何も在りません。)の東側に鎮座する坐摩神社(ざまじんじゃ)には、この「坐摩神社(いかすりじんじゃ)」のことが書かれていたような気がします。

拝殿の写真がうまく写っていませんでした。またの機会に差し替えることにしますが、この神社は大阪(摂津)でも由緒在るのでしょうか。

一の宮を調べていたら、坐摩神社(いかすりじんじゃ)も摂津一の宮になっていました。

私は、住吉大社(すみよしたいしゃ)が摂津一の宮で在ると思っていたのですが意外です。大阪府神社庁もこの境内に在る社務所にあるようです。

『御祭神と御由緒

生井神(いくいのかみゃ)

福井神(さくいのかみ)

綱長井神(つながいのかみ)

阿須波神(あすはのかみ)

波比岐神(はひきのかみ)

5柱を総称して坐摩大神(いかすりのおおかみ)と申します

坐摩大神(いかすりのおおかみ)は古語拾遺等によれば、神武天皇が即位されたときに御神勅により宮中に奉斎されたのが起源とされ、坐摩の語源は諸説ありますが、土地又は居住地を守り給う意味の居所知が転じた名称といわれています。』

『御神徳

住居守護

旅行安全

安産守護

御祭神の御神徳は往古より宮域を守る神であることから、居住地を守り給う住居守護の神、また行路の安全を守り給う旅行安全の神、安産守護の神等として広く信仰を集めており、御祭神の名義から流水、井泉の神であり竈神としても篤く奉斎されています。

安産の神としては、神功皇后が応神天皇の御安産を当社に御祈願になり、近くは明治天皇がお生まれになるとき特に宮中より御祈願があり、当社の秋季大祭当日[旧暦]に皇子が御降誕されました。

旅行安全の神としても、萬葉集に防人が旅立ちに際して坐摩神に行路の安全を祈願した歌が詠まれています。』


『御由緒

当社の創祀には諸説がありますが、神功皇后が新羅より御帰還の折、淀川南岸の大江、田蓑島のちの渡辺の地(現在の天満橋の西方、石町附近)に奉祀されたのが始まりとされています。

平安時代の「延喜式」には攝津國西成郡の唯一の大社と記され、産土神として今日に至っています。

また、朱雀天皇の御代、天慶2年(939以来祈雨11社中に列し、以後たびたび祈雨〔雨乞い〕のご祈請・奉幣に預かりました。

天正10年(1582)豊臣秀吉の大坂築城に当たり替地を命ぜられ、寛永年間現在地に遷座されました。現在の鎮座地名を渡辺と称するのも、元の地名が移されたもので、全国の渡辺・渡部等の姓の発祥の地でもあります。

旧社地と伝えられる石町の御旅所には現在当社の行宮(あんぐう)が鎮座されています。

明治元年(1868)の明治天皇大阪行幸の際には当社に御親拝なされ、相撲を天覧されました。

昭和11年(1936)官幣中社に列せられた際に御造営された壮麗な御社殿は昭和34年(1959)に鉄筋コンクリート造で戦前の姿のままに復興されたものです。』


なんとなく資料があるようで、みあたりませんでしたで坐摩神社(いかすりじんじゃ)公式HP〕を参照しています。

なんとも、もう一度いかないといけないようですが、交通の便は抜群です。

但し、本町に用事があればの話です。


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