(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年06月11日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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大阪市中央区上町 分社 東雲稲荷神社


大阪市中央区上町に鎮座する玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)の分社の東雲稲荷神社(しののめいなりじんじゃ)です。

玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)公式ホームページにも分社として乗っています。

「東雲」という名称は、「とううん」「ひがしぐも」などとも読めますが、玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)で確認すると「しののめ」と読むのが正しいということです。

石標の横に由緒書きが掘り込まれていましたが、記録してこなかったのでまたいつの日にか記録して掲載します。


『現在、東雲稲荷神社(しののめいなりじんじゃ)の地は江戸時代に玉造を代表する町人である松屋甚四郎、その手代源助が「浪花講」を設立した場所にあたる。

甚四郎は唐弓弦師として全国を行商した経験から、当時の旅は安全性が乏しく、旅人に安全で信頼のおける旅を提供しようとこの組織を設立した。

この「浪花講」は、現在の協定旅館・旅行斡旋業の祖とされ全国へと広がった。全国各地の旅籠などの軒先には「大坂・浪花講」の看板が掲げられ、旅人らはそれを目印に安心な宿をとる事が出来た。』


この分社がある理由は、社務所の説明によると、氏地が南北に長く広くて、玉造稲荷神社(たまつくりいなりじんじゃ)は小高いところにあるのでこの分社からいうと結構な距離と上り坂になるので、年配の方でこの分社より南側の氏子の皆さんがこの分社にお参りになっているとのことです。

この場所に何かがあることは道路をはさんで向かいのビルに勤務したことがあるので知っていましたが、あまり詳細な記憶はありません。

本殿の祠の裏側に、道標と相続講碑というものが立っています。

元あった位置の説明図が一緒にありますが詳細な説明はありません。

「相続講」というの門徒の中にあった「財産を次の世代に引き継ぐ宗教集団」のような組織のようです。農村などでは未だに継続しているところもあるようです。

この分社 東雲稲荷神社(しののめいなりじんじゃ)のある位置は、東へ進と暗越奈良街道や十三街道起点が玉造駅を少し東へ進んだところにあり、「二軒茶屋跡」などと紹介されています。

また、西へ進と熊野街道の榎木大明神(えのきだいみょうじん)たどり着きますので、それぞれの旅の出発点としてもまったく問題のない地点であると思います。


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