(話題、視点、論点)View halloo!!:狐狩りの時の「ほら出たぞー」という掛け声 【:2009年05月22日】







昨今のインターネット上のHTTPS接続の推奨等の動きは悪くないと思うのですが、不安を煽って必要のない閲覧のみのページも巻き込まれていくようです。

私も齢を重ねてまいりました。

寺社仏閣史跡等の訪問レポートを書き溜めているのですが、2022年まで溜まってしまいました。

この際、それまでに死亡すれば別ですが、2022年末をもってサイト閉鎖する決心を致しました。

ありがとうございました。


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八尾市植松町 立江地蔵尊菩薩


第十九番 橋池山(きょうちざん) 立江寺(たつえじ)分身「ruby>立江地蔵尊(たつえじぞうそん)菩薩」と板に墨書きされています。

それにしても、この地蔵尊が分身であるというのは何故なのでしょうか。

そもそも、四国八十八カ所霊場の第十九番札所の「高野山真言宗 別格本山 立江寺(たつえじ)」であることは解ったのですが、それ以外の事は少し難しそうですね。

立江寺(たつえじ)は「子安の地蔵尊」あるいは「立江の地蔵さん」との俗称で古くより霊験のあらたか』と記されているのですが、想像の世界でしかなさそうです。

立江寺(たつえじ)の説明文を見ていると、少しおもしろいことに気がつきました。


『享和のころ、お京という女が夫を殺し、情夫とともにこの地へ逃れてきたところ、お京の黒髪は本堂の鉦の緒に巻き上げられ、お京は懺悔(さんげ)し改心する。また、参道の九ツ橋(十戒とする椅)に白鷺が出たら、心の邪悪なものは渡れず、前途に凶事があるという。立江寺(たつえじ)は四カ所ある関所の一つ。悪いことをした罪人や邪心をもつた人は、関所で大師のおとがめをうける。ここは信仰の度合をはかる所で、遍路(へんろ)にとって、最初の関所。』

この部分は、あまり注目しませんでしたが、以下の部分に河内のこの場所に関係するのではという内容を見つけました。

『寺伝によれば、聖武天皇の勅願で天平年間に行基(ぎょうき)菩薩が開基し、光明皇后ご安産のために地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が造顕され、白鷺の暗示を受け、堂宇を建立し、尊像を奉安した。その後、弘法大師が地蔵菩薩(じぞうぼさつ)を刻み、行基(ぎょうき)作の尊像を胎内へ納めた。天正の兵火や近年災火にあったが、昭和五十三年に本堂は再建され、別格本山にふさわしく豪荘な建物、大師堂、多宝塔、観音堂、客殿など諸堂がある。春の遍路シーズンには紀州接待所が開かれる。』


ここで、行基(ぎょうき)菩薩が登場します。

奈良県から出身地である堺、河内や摂津を隈なく回った行基(ぎょうき)菩薩ですのです、何か逸話がありそうですね。

なんて想像しているのですが解りません。

しかし、結構しっかりとした地蔵菩薩(じぞうぼさつ)立像ですよ。

「東大阪市文化財ガイドっブック」を見ていると東大阪市下小阪に鎮座する「小坂神社(こさかじんじゃ)」の参道の鳥居脇にも同じ由来の「立江地蔵」があると紹介されています。